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プレスリリース
【東芝】超伝導量子コンピュータに利用される東芝提案の素子「ダブルトランズモンカプラ」で世界トップレベルの2量子ビットゲート性能を達成 ー量子コンピュータの高性能化を実現し、社会課題の解決に貢献へー
2024年11月22日
株式会社東芝
国立研究開発法人理化学研究所
超伝導量子コンピュータに利用される東芝提案の素子「ダブルトランズモンカプラ」で
世界トップレベルの2量子ビットゲート性能を達成
−量子コンピュータの高性能化を実現し、社会課題の解決に貢献へ−
概要
株式会社東芝(以下、東芝)研究開発センター ナノ・材料フロンティア研究所 フロンティアリサーチラボラトリーの久保賢太郎 主事、何英豪 スペシャリスト、後藤隼人 シニアフェロー(理化学研究所(以下、理研) 量子コンピュータ研究センター 量子コンピュータアーキテクチャ研究チーム チームリーダー)、理研 量子コンピュータ研究センター 超伝導量子エレクトロニクス研究チームのRui Li 特別研究員、Zhiguang Yan 特別研究員、中村泰信 チームリーダー(理研 量子コンピュータ研究センター センター長)らの共同研究グループは、超伝導量子コンピュータに利用される東芝提案の素子「ダブルトランズモンカプラ」(*1)を実験的に実現することに成功し、量子計算で重要な役割を果たす2量子ビットゲート(*2)の忠実度において世界トップレベルの99.90%を達成しました(*3)。「忠実度」とは、理想的な操作にどのくらい近いかを0から100%の間の数で定量的に表す量子ゲートの標準的な性能指標で、100%に近いほど量子ゲートが正確であることを示すものです。
「ダブルトランズモンカプラ」は、東芝が2022年9月の論文(*4)で提案した、超伝導量子コンピュータの性能向上の鍵を握る可変結合器(*5)の一種です。従来の可変結合器に比べ、不要な残留結合を小さく抑えられること、また、高速かつ高精度な2量子ビットゲートを実現できることを理論上で確認していました。今回、東芝と理研はこの特性を実験で実証することに成功しました。
2量子ビットゲートの性能向上には、量子コンピュータで重要となる量子の重ね合わせ状態を保てる時間であるコヒーレンス時間を長くすること、高速にゲートを実行できること、そして残留結合によるエラーを低減するために残留結合強度を抑制することが重要です。今回、トランズモン(*6)と呼ばれる超伝導量子ビットとして世界トップクラスのコヒーレンス時間の長さと48 nsという短いゲート時間を実現するとともに、残留結合強度の大きさを6kHzにまで抑えることで、忠実度99.90%を達成しました。
「ダブルトランズモンカプラ」を用いる量子コンピュータは、量子ビットとして安定性が高い上に構造がシンプルで比較的容易に作製可能な「周波数固定トランズモン量子ビット」を量子ビットとして利用することができ、量子コンピュータの実用化に欠かせない大規模化が見込めます。本技術は、近年発展が著しい量子コンピュータのさらなる高性能化に寄与するものであり、カーボンニュートラルや新薬開発といった社会課題の解決への貢献が期待できます。
本技術の成果は、2024年11月21日付(米国東海岸時間)の米国物理学会のトップジャーナル「Physical Review X」に掲載されました(*7)。
開発の背景
近年、従来のコンピュータでは解くことが難しい計算課題を解決できると期待される量子コンピュータの研究開発が世界中で活発に行われています。量子コンピュータは、原子や分子といったミクロな世界を記述する物理理論である量子力学の原理に基づいて動作する全く新しいコンピュータです。現在の量子コンピュータは、量子計算における基本操作である2量子ビットゲートの信頼性が十分でなく、性能の改善が必要です。量子コンピュータの実現方式には、気体の原子1つ1つを用いるものから超伝導体からなる電子回路を用いるものまで様々ありますが、中でも超伝導方式は、固体素子であるために安定性・集積性に優れていることに加え、量子ゲートの忠実度が高いことから、有望な実現方式として期待されています。
超伝導方式にも、その実装には様々なものがあります。まず量子ビットには、トランズモン型や比較的新しいフラクソニウム型(*8)など、複数のタイプがあります。トランズモン型は最もシンプルな超伝導量子ビットで、現在の超伝導量子コンピュータにおいて最も標準的に用いられています。さらに、2量子ビットゲートに必要な量子ビット間の結合を実現する方式にも、直接キャパシタで結合するものから、間に可変結合器を挟むものまで様々です。東芝が考案した「ダブルトランズモンカプラ」は、トランズモン型の超伝導量子ビットを2つ含む構成の可変結合器で、周波数が大きく異なる2つの「周波数固定トランズモン量子ビット」に対して、結合のオフと高速な2量子ビットゲート操作を両立できます。提案した方式を実現するためには、ゲート操作の時間に比べて十分長いコヒーレンス時間が必要です。コヒーレンス時間を長くするには、実際の形状や用いる超伝導材料、周辺回路設計、作製プロセスなどを十分考慮する必要があります。一方、ゲート操作を高速に実行するには、量子ビット間の結合強度が大きいことが重要です。
今回、東芝と理研の共同研究グループは、この方式の実験を世界で初めて実施し、その高い性能を実証することに成功しました。
本技術の特長
「ダブルトランズモンカプラ」は2つの量子ビットを結合します(図1)。中央に3つのジョセフソン接合(*9)を含むループを有し(JJ3、JJ4、JJ5)、そのループ内の外部磁束Φex(*10)を電流で制御することで、2つの量子ビット間の結合を調整できます。今回、実際に回路を作製し(図2)、その高い特性を実証しました。
まず、2つの量子ビット(Q1とQ2)の形状、材料、プロセスを工夫することにより、トランズモン量子ビットとして世界トップクラスのコヒーレンス時間の長さを実現しました。T1とT2という2種類の指標があり(*11)、Q1はT1が230μs、T2が360 μs、Q2はT1が210 μs, T2が130 μsというコヒーレンス時間を達成しました。これはゲート操作を行うのに十分な時間です。
また、外部磁束を調整することで、結合強度の大きさを最大で約80 MHzまで大きくすることができ(図3右)、48nsという短いゲート時間を実現しました。
さらに、今回の実験では、2つの量子ビットの周波数を4.314 GHzと4.778 GHzとし、離調(周波数差)を約460 MHzと大きくしました。離調を大きく取ることで、片方の量子ビットへの操作が他方にエラーを引き起こすクロストークエラーを抑制することができる一方、このように大きな離調の場合、従来の可変結合器は残留結合を数十kHzまでしか抑えることができませんでした。今回、外部磁束を適切に設定することで結合強度の大きさを約6 kHzにまで抑えることができ、「ダブルトランズモンカプラ」の特長の1つである小さな残留結合を初めて実験的に実証しました(図3左)。
今回の実験では12時間という長時間の測定を実施しましたが、2量子ビットゲートの忠実度は常に高い値を保ち、平均で99.90%という世界トップレベルの性能を達成しました(図4)。
[画像1]https://digitalpr.jp/simg/1398/99666/700_337_20241121214159673f2a97558ff.png
図1:「ダブルトランズモンカプラ」で結合された2つの周波数固定トランズモン量子ビットの回路図
[画像2]https://digitalpr.jp/simg/1398/99666/700_420_20241121213744673f2998cb7ed.png
図2:実際に作製した回路の光学顕微鏡写真(上)
ジョセフソン接合(JJ)付近の拡大写真(下)
※光学顕微鏡写真は分かりやすいよう色付けしています
[画像3]https://digitalpr.jp/simg/1398/99666/600_402_20241121213750673f299e0bfa5.png
図3:結合強度の外部磁束依存性(Φexはループ内の外部磁束, Φ0は磁束量子)
外部磁束の調整により、結合強度の大きさを最小で6 kHz、最大で80 MHzまで調整できる
[画像4]https://digitalpr.jp/simg/1398/99666/550_402_20241121213756673f29a49e0c2.png
図4:2量子ビットゲートの忠実度の測定結果
今後の展望
東芝と理研は、2量子ビットゲートの忠実度99.99%を目指して「ダブルトランズモンカプラ」のさらなる性能向上に取り組むとともに、その高い性能を保ったまま大規模化する技術を開発し、実用レベルの量子コンピュータをできるだけ早期に実現することを目指します。
本研究の一部は、文部科学省 光・量子飛躍フラッグシッププログラム(Q-LEAP)「超伝導量子コンピュータの研究開発(研究代表者:中村泰信)(Grant No.JPMXS0118068682)」による助成を受けて行われました。
*1 東芝プレスリリース:https://www.global.toshiba/jp/technology/corporate/rdc/rd/topics/22/2209-01.html
*2 2つの量子ビットに対して実行する量子ゲート操作のこと。1つの量子ビットに対して実行する1量子ビットゲートと組み合わせることで、任意の量子計算を実行することができる。
*3 当社調べ。2024年10月31日現在。
*4 H. Goto. Physical Review Applied 18, 034038 (2022): https://doi.org/10.1103/PhysRevApplied.18.034038
(Editors’ Suggestion)。
*5 可変結合器は、量子計算を行う2つの超伝導量子ビットをつなぐために用いるデバイスで、量子ビット間の結合を「オン」「オフ」することで演算の実行と停止をスイッチングする。2つの超伝導量子ビットの周波数の差を大きくすると、一方の量子ビットに照射した操作用電磁波が他方に伝わって生じるエラー(クロストークエラー)を抑制できるが、従来の可変結合器では、2つの超伝導量子ビットの周波数の差が大きいと結合を完全に「オフ」にすることができず、残留結合によるエラーが発生してしまうという課題があった。
*6 ジョセフソン接合とキャパシタだけからなる最もシンプルな超伝導量子ビットのことで、現在の超伝導量子コンピュータにおいて最も標準的に用いられている。通常、数GHzの周波数を有する。1つのジョセフソン接合を有する周波数固定トランズモンと、2つのジョセフソン接合を有する周波数可変トランズモンがある。
*7 R. Li, K. Kubo, Y. Ho, Z. Yan, Y. Nakamura, and H. Goto. Physical Review X 11, 111 (2024): https://doi.org/10.1103/PhysRevX.14.041050
*8 ジョセフソン接合、キャパシタ、インダクタ(もしくはジョセフソン接合アレイ)からなる超伝導量子ビットのこと。通常、1 GHz以下の低い周波数を有し、コヒーレンス時間が長いことで知られるが、構造が複雑な上、常に外部磁場をかけ続ける必要がある。
*9 2つの超伝導体が薄い絶縁膜を介して接合されたもの。超伝導体中のクーパー対が量子トンネル効果によって絶縁膜を行き来することで、ジョセフソン効果と呼ばれる量子効果を発現する。
*10 ループを貫く磁場の大きさ×ループ面積のこと。外部磁束を使って量子ビット間の結合強度を変えることができる。
*11 T1は励起状態の緩和時間を指し、量子ビットがエネルギーを失う速度を示す。T1が長いほど量子ビットは長時間にわたって正しいビット値(0または1)を保持できる。T2は位相緩和時間を指し、量子ビットの量子重ね合わせ状態がどれだけ長く保たれるかを示す。T2が長いほど量子ビットは正確な量子状態を長時間保持できる。