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【名古屋大学】自然音や音楽の"振動触覚"でメンタルヘルスケア 〜低周波刺激による症状緩和の検証へ臨床研究を開始〜

(Digital PR Platform) 2024年10月29日(火)20時05分配信 Digital PR Platform



名古屋大学大学院情報学研究科の鈴木 泰博 准教授とLondon Trusted Therapyのオレナ・エドワーズ(Olena Edwards)博士が率いる研究チームは、2024年11月より、自然音や音楽に含まれる低周波成分を振動触覚に変換する技術を活用した臨床研究を開始します。
近年、メンタルヘルスケア分野では薬物に依存しない治療法が求められており、非侵襲的な触覚刺激を用いたケア方法の開発が期待されています。本研究では、自然音や音楽に含まれる低周波成分を振動触覚に変換し、うつ、不安、多動性障害(ADHD)、心的外傷後ストレス障害(PTSD)などの精神的症状を対象に、非薬物的なケア方法を検証します。
本臨床研究では、鈴木准教授らが提案した触覚記述法「触譜(注1)」を用いて、自然音や音楽に含まれる低周波成分を音響データ(WAVやMP3形式)に変換し、それを振動触覚として皮膚に伝える技術を使用します。この技術を用いて、自然環境や音楽に含まれる低周波成分を振動触覚として感じさせることで、メンタルヘルスにポジティブな影響を与えることが期待されます。




【本研究のポイント】
・自然音や音楽に含まれる低周波成分を活用し、振動触覚(注2)に変換した、非薬物的なメンタルヘルスケア技術の確立を目指す。
・顔の皮膚を刺激するポータブル型の顔型振動呈示装置を使い、被験者が自宅で簡単にセルフケアできる環境を提供。
・薬物を使用しないケア方法で、うつ、不安、多動性障害(ADHD)(注3)、心的外傷後ストレス障害(PTSD)(注4)など精神的な症状に対する非侵襲的なアプローチを検証する。
・軽度認知症患者やモデルマウスでの基礎研究における症状改善効果に基づき、メンタルヘルス分野への振動刺激の応用を目指す。
・名古屋大学とLondon Trusted Therapy(英国、ロンドン)のオレナ・エドワーズ(Olena Edwards)博士のチームとの共同研究で、広範な対象に対する治療効果を国際的に検証。


【研究背景】
この臨床研究は、鈴木准教授らの基礎研究に基づいています。2022年に行われた研究では、軽度認知障害(MCI)および軽度認知症の患者に対して低周波音響(40Hz)を1カ月間暴露したところ、記憶力や注意力の大幅な改善が確認されました。また、2024年には、モデルマウスを対象に行った研究で、代謝、フレイル、認知機能の改善効果も得られています。これらの成果を基に、触覚刺激を用いたメンタルヘルスケアの実践的応用を目指します。
基礎研究は秋田大学高齢者医療先端研究センターの大田秀隆教授らのチームと共同して行いました。MCIや軽度認知症の患者の方々への臨床研究では、音響用ウーファーから15-40Hz音を24時間、1ヶ月間連続再生することで暴露しました。その結果、作業記憶(Working Memory, WM)の向上や情報処理の能力の改善が確認されました(図1)。


この結果をうけ、同様の低周波音(15-40Hz)をマウスに暴露する実験を行ったところ、認知機能が向上することを確認しました。さらに、筋力(握力)の向上や耐糖能の向上、アンチエイジング遺伝子の発現なども確認されました(図2)(※)。

(付記)
同様の試みはマサチューセッツ工科大学(MIT)のLi-Huei Tsai教授らのチームが行なっています。彼らは認知症になると脳波のガンマー波(40Hz-)が減衰することを発見しました。彼らは、40Hz変調した可聴音(歪んで聞こえる音になります)と40Hzでの光の明滅で神経刺激を与えるとガンマー波が増強させることを確認し、認知症へ応用するための臨床研究をすすめています。

【臨床研究の目的】
本臨床研究の主な目的は、自然音や音楽に含まれる低周波成分を振動触覚に変換することで、睡眠の質を改善し、精神的症状を緩和できるかを評価することです。特に、薬物に頼らず、非侵襲的なケア方法として、被験者の身体的負担を軽減しながら精神的な健康を支援します。対象疾患は、うつ、不安症、多動性障害(ADHD)、心的外傷後ストレス障害(PTSD)などで、評価項目は睡眠の質や精神的症状の改善度を測定します。

本研究では、被験者が自宅で簡便にセルフケアを実施できるように開発されたポータブル型顔型振動呈示装置(注5)を使用します(図3)。この装置は、自然音や音楽に含まれる低周波成分を振動として皮膚に伝える仕組みで、1日2回、各10〜20分間のセルフケアを行います。通院の必要がなく、日常生活に取り入れやすい設計です。

【研究体制】
名古屋大学大学院情報学研究科の鈴木 泰博 准教授が研究を統括し、London Trusted Therapyのオレナ・エドワーズ(Olena Edwards)博士がロンドンにおいて臨床試験を主導します。本研究の実施は倫理審査委員会の承認を得ています。被験者の方々には、研究の目的、方法、予想されるリスクと利益について十分な説明を行い、インフォームドコンセントを得た上で参加いただきます。振動触覚技術の安全性については、これまでの基礎研究において確認されており、本臨床研究でも被験者の安全を最優先に考慮しています。研究には約30名の被験者(男性14名、女性16名)の参加を予定しています。


【予想される成果と今後の展望】
本研究によって、睡眠の質の向上や、うつ、不安症、ADHD、PTSDなどの症状改善が期待されます。過去の基礎研究で確認された認知機能の向上やフレイルの改善に加え、今回の臨床試験では睡眠を中心としたメンタルヘルスケアの新たな可能性が見出されると考えられています。
また、自然音や音楽に含まれる低周波成分を活用した振動触覚技術が、メンタルヘルスケアの新たな選択肢として広く活用される可能性を探ります。今後、より大規模な臨床研究や他のメンタルヘルスケアへの応用も視野に入れて研究を進めていく予定です。研究成果は国内外の学会や論文を通じて発表し、さらなる研究の発展を目指します。

本研究は、加賀電子株式会社および日本学術振興会の科学研究費補助金(基盤(C) No.24K15030, No.23K06883, 基盤(B) No.23K22715)の支援を受けて実施されています。

【用語説明】
注1)触譜:触覚の時間変化を垂直力(押す力)の変化として記述する技術。触譜で記述された力の変化を音量(振幅)の時間変化として音データ(WAVやMP3など)に変換し、振動触覚に変換することが可能。
注2)振動触覚:皮膚に振動や圧力の刺激を与え、触覚を通じて低周波成分を体感させる。
注3)多動性障害(ADHD):不注意、多動性、衝動性を主な特徴とする発達障害。
注4)心的外傷後ストレス障害(PTSD):強いストレス体験後に生じる精神障害。
注5)ポータブル型顔型振動呈示装置:音響データを振動に変換し、顔にフィットして触覚刺激を皮膚に伝える装置。


(※)マウスへの40Hz暴露による遺伝子発現について
遺伝子発現への影響の分析にはマイクロアレイ解析を使用しました。この解析では、刺激を受けた筋肉(上腕筋、brachii muscle)の遺伝子発現を、刺激を受けていないグループと比較しました。
1.u40Hz刺激を受けたマウスでは、脂肪酸の取り込みに関連する遺伝子の発現が増加しました。この取り込みは、PPARγ経路という細胞の代謝に重要なシグナル伝達経路に関与しています。具体的には、以下の遺伝子の発現が増加しました:
 ○Lpl(リポプロテインリパーゼ)
 ○Slc27a1(脂肪酸輸送タンパク質)
2.また、脂肪酸の酸化(エネルギーを得るための脂肪分解)に関与する遺伝子、例えばAcadl(アシル-CoAデヒドロゲナーゼ長鎖)も発現が増加しています。これにより、脂肪のエネルギー変換が活性化されていることが示唆されます。
3.一方で、時計遺伝子(体内のリズムに関わる遺伝子)の発現は抑制されました。このことは、u40Hz刺激が体内時計の調節に何らかの影響を与えている可能性があることを示しています。
まとめると、u40Hz刺激は、脂肪酸代謝やエネルギー産生に関連する遺伝子の発現を増加させ、体内時計の調整に関与する遺伝子の発現を抑制することで、筋力や耐久性に影響を与える可能性があることが示唆されました。


使用された認知症の検査方法について
WM (Working Memory): 作業記憶の検査方法
作業記憶とは、情報が入力された後約1分間保持する能力です。また、覚えた事柄を一定時間経過後に思い出す能力は「遅延再生」と呼ばれ、こちらも重要な記憶機能のひとつです。
作業記憶の検査は以下のように行います。被験者はタブレット PC に表示される 10 個の単語を記憶するように求められます。次に、被験者は 30 個の単語 (記憶するように求められた10 個と それ以外の単語20 個) を提示され、10 個のターゲット単語を選択します。遅延再生のテストのために同じテストを 20 分後にも行います。

SDST Symbol Digit Substitution Task
被験者はディスプレイの上部に 9 組の数字と記号が表示されます。ターゲット記号はディスプレイの中央に表示され、選択可能な数字は下部に表示されます。参加者は、パネルの中央にあるターゲット記号に対応する数字をできるだけ早く選択するように求められます。2 分以内に正解した数を記録します。(図4)


TMT-B Trail making test-part B (情報処理能力のテスト)
被験者は文字と数字がランダムに配置された画面上で、できるだけ早く1→a→2→bのように辿っていきます。(図5)



【論文情報】※本臨床研究は以下の基礎研究に基づくものです
雑誌名:Biomolecules
論文タイトル:Unmodulated 40 Hz Stimulation as a Therapeutic Strategy for Aging: Improvements in Metabolism, Frailty, and Cognitive Function in Senescence-Accelerated Prone 10 Mice
著者:Tatsunori Shimizu, Hidetaka Ota ,Ayuto Kodama, Yasuhiro Suzuki, Takako Ohnuma, Takako Ohnuma, Rieko Suzuki, Kaoru Sugawara, Yasushi Sato and Hiroyuki Kodama         
DOI:10.3390/biom14091079                                     
URL:https://www.mdpi.com/2218-273X/14/9/1079

雑誌名:International Journal of Environmental Research and Public Health
論文タイトル:The Effect of Deep Micro Vibrotactile Stimulation on Cognitive Function of Mild Cognitive Impairment and Mild Dementia
著者:Ayuto Kodama, Yasuhiro Suzuki, Kazuki Sakuraba, Yu Kume, Hidetaka Ota 1       
DOI:10.3390/ijerph19073803
URL:https://www.mdpi.com/1660-4601/19/7/3803

▼本件に関する問い合わせ先
名古屋大学広報課
TEL:052-558-9735
FAX:052-788-6272
メール:nu_research@t.mail.nagoya-u.ac.jp


【リリース発信元】 大学プレスセンター https://www.u-presscenter.jp/

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