プレスリリース
世界初!キュウリのベゴモウイルス抵抗性遺伝子を特定 世界中で問題となっている農作物のウイルス病被害低減に繋がる成果
近畿大学農学部(奈良県奈良市)農業生産科学科准教授 小枝壮太、近畿大学大学院農学研究科農業生産科学専攻博士前期課程2年 山本千尋(研究当時)、同2年 山本浩登(研究当時)らの研究グループは、世界で初めてキュウリのベゴモウイルス※1抵抗性遺伝子を特定しました。
ベゴモウイルスには445もの種類があり、キュウリ、メロン、カボチャ、ズッキーニ、トマト、トウガラシ、ナス、オクラ、マメ類など、多くの農産物がこのウイルスに感染すると果実をほとんど収穫できなくなるため、農業生産において世界的な脅威となっています。本研究成果により、抵抗性を持つ個体を判別する手法も確立できたことから、今後、品種改良によってキュウリ生産におけるウイルス病の被害が軽減できると期待されます。
本研究に関する論文が、令和6年(2024年)10月2日(水)に植物学分野の国際学術誌"BMC Plant Biology(ビーエムシー プラント バイオロジー)"にオンライン掲載されました。
【本件のポイント】
●世界で初めて、キュウリのベゴモウイルス抵抗性遺伝子を特定
●抵抗性を持つ個体を判別できるDNAマーカーを開発し、抵抗性品種の品種改良が可能に
●世界的に問題になっているキュウリのウイルス被害と、過剰農薬投与を防ぐことに貢献
【本件の背景】
農業生産において、ベゴモウイルスが世界中で引き起こしている経済的被害は甚大で、解決が強く求められています。ウイルスの感染は、タバココナジラミとよばれる昆虫により媒介されて広まるため、生産現場では従来殺虫剤の散布によって対策してきました。しかし、過剰な農薬の使用により、現在では農薬が十分に効かないタバココナジラミが世界各地で発生しています。インドで初めて感染が報告されたベゴモウイルス種である「tomato leaf curl New Delhi virus(ToLCNDV)※2」は、インド亜大陸だけでなく、地中海周辺国、中近東、東南アジア、東アジア(中国、台湾などを含む)にも分布を拡大しており、主にキュウリ、メロン、カボチャなどのウリ科作物において被害をもたらしています。
近年、本研究グループを含めたさまざまな先行研究により、トマトやトウガラシなどのナス科作物ではベゴモウイルス抵抗性遺伝子が特定され、ウイルス抵抗性品種の育種に利用されています。しかし、他の植物では抵抗性遺伝子が特定できておらず、特に被害の大きいキュウリなどのウリ科作物では、遺伝子の特定が強く望まれていました。
【本件の内容】
研究グループは、先行研究で、スペインおよびインドネシアにおいてベゴモウイルスの一種であるToLCNDVを単離して、キュウリなどへの効率的なウイルス接種法を確立しました。これらの研究成果を用いて、キュウリのベゴモウイルス抵抗性を遺伝子レベルで解析することで、抵抗性遺伝子の特定を試み、約1.5万の遺伝子から1つの原因遺伝子「RNA-dependent RNA polymerase(RDR)」を特定しました。また、ウイルス誘導性ジーンサイレンシング※3を用いた解析から、RDRによりキュウリがToLCNDV抵抗性を獲得していることも明らかにしました。また、ToLCNDVに弱い従来のキュウリと、抵抗性を示すキュウリが持つRDRのDNA配列を比較することで違いを発見し、その差異を判別するDNAマーカーを開発することで、ToLCNDV抵抗性の個体を確実に判別する手法を確立しました。
【論文掲載】
掲載誌:BMC Plant Biology(インパクトファクター:4.3@2023)
論文名:Cy-1, a major QTL for tomato leaf curl New Delhi virus resistance, harbors a gene encoding a DFDGD-Class RNA-dependent RNA polymerase in cucumber(Cucumis sativus)
(キュウリにおけるToLCNDV抵抗性に関与する主要QTLであるCy-1はDFDGD-Class RNA-dependent RNA polymeraseをコードする)
著者名:小枝壮太1,2、山本千尋1、山本浩登1、藤代康平2、森涼馬2、岡本桃花2、永野惇3,4、益子嵩章5
所属 :1 近畿大学大学院農学研究科農業生産科学専攻、2 近畿大学農学部、3 慶應義塾大学先端生命科学研究所、4 龍谷大学農学部、5 タキイ種苗株式会社
URL :https://doi.org/10.1186/s12870-024-05591-7
DOI :10.1186/s12870-024-05591-7
【本件の詳細】
今回の研究では、ToLCNDVに対して抵抗性を示すキュウリの系統であるNo.44を研究に用いました。No.44が持つ抵抗性遺伝子を特定するために、No.44と、ウイルスに感染すると発病する感受性品種である「相模半白節成」を交配して、その孫世代である交雑F2集団を準備しました。この交雑F2集団を用いて、RAD-seq解析※4による連鎖解析※5を行ったところ、キュウリの第1染色体および第2染色体に、抵抗性に関わる量的形質遺伝子座(QTL)を特定しました。さらに、遺伝解析を進めることで、第1染色体の候補領域を209kb(キロベース:DNAの塩基1個を1bと表記する)まで絞り込みました。
候補領域を詳しく調べた結果、そこには24個の遺伝子が存在し、遺伝子の配列と発現量の調査からRDRを含む7つを抵抗性候補遺伝子として絞り込みました。今回発見したRDRは、トマトのベゴモウイルス抵抗性遺伝子(Ty-1/Ty-3)、トウガラシの抵抗性遺伝子(Pepy-2)と非常に近縁な関係であったことから、RDRが抵抗性遺伝子であると強く示唆されました。
ToLCNDV抵抗性にRDRが関与していることと、他の候補遺伝子が関与していないことを実証するために、ベゴモウイルスに強いキュウリにおいて、ウイルス誘導性ジーンサイレンシングにより候補遺伝子の遺伝子発現を抑制し、さらにベゴモウイルスを感染させたところ、RDRの遺伝子発現を抑制した場合にのみ、キュウリがベゴモウイルスに感受性になることがわかりました。これらの結果から、キュウリはRDRの働きによりToLCNDV抵抗性を獲得していることが示されました。
【研究者のコメント】
小枝壮太(こえだそうた)
所属 :近畿大学農学部農業生産科学科
近畿大学大学院農学研究科
職位 :准教授
学位 :博士(農学)
コメント:本研究では、実験室内での緻密な調査により抵抗性遺伝子の特定を行いましたが、解析に用いた抵抗性キュウリは、今回特定した遺伝子に加えてもう一つ別の抵抗性遺伝子を有することを確認しています。今後は、もう一つの遺伝子も特定することで非常に安定した抵抗性を示すキュウリが育種できると期待されます。また、ゲノム編集などの先端技術を用いることで、キュウリにおいて特定した抵抗性遺伝子の情報を基に、他の作物におけるベゴモウイルス抵抗性育種が可能であると考えられるため、その点についても検証を進めていきたいと考えています。
【研究支援】
本研究は、日本学術振興会 科学研究費補助金 基盤研究B(19H02950、23K26900)および国際共同研究加速基金(21KK0109)(研究代表者:小枝壮太)の支援を一部受けて実施しました。
【用語解説】
※1 ベゴモウイルス:一本鎖環状DNAをゲノムに持つウイルスで、世界各地での農業生産に大きな経済的被害を与えているウイルス属。
※2 ToLCNDV:正式名はtomato leaf curl New Delhi virus。インドで初めて単離されたベゴモウイルスであり、現在は南アジアだけでなく、スペイン、ポルトガル、イタリアなどの南欧、北アフリカ、中近東、東南アジア、東アジア(中国、台湾を含む)にも分布を拡大している。インドではナス科とウリ科作物の両方に被害を与えているが、その他の地域ではウリ科作物における被害の原因となっている。1990年代に海外から日本に侵入したtomato yellow leaf curl virus(TYLCV)と同等に広く知られており、日本の農林水産省においてもToLCNDVは侵入警戒有害動植物に分類されている。
※3 ウイルス誘導性ジーンサイレンシング:ウイルス感染によって誘導されるRNAサイレンシング機構を利用した、植物の逆遺伝学的解析技術。任意の遺伝子配列の転写を抑制した場合の植物体の変化を調査できる。本研究ではリンゴ小球形潜在ウイルス(ALSV)を実験に用いた。
※4 RAD-seq解析:制限酵素で切断したゲノムDNAの末端にアダプターを付加し、その塩基配列を高速シーケンサーで読み取ることにより、ゲノム全域に渡る遺伝子変異を分析する技術。
※5 連鎖解析:生物が持つ特徴とDNAの塩基の違いを調べ、その相関関係から特徴を決めているDNAの塩基を絞り込む手法。
【関連リンク】
農学部 農業生産科学科 准教授 小枝壮太(コエダソウタ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/1360-koeda-sota.html
農学部
https://www.kindai.ac.jp/agriculture/
▼本件に関する問い合わせ先
広報室
住所:〒577-8502 大阪府東大阪市小若江3-4-1
TEL:06‐4307‐3007
FAX:06‐6727‐5288
メール:koho@kindai.ac.jp
【リリース発信元】 大学プレスセンター https://www.u-presscenter.jp/