プレスリリース
【東京医科大学】超音波画像マーカーによる肝臓の炎症、脂肪化、線維化の評価を確立 〜超音波画像マーカーにより低侵襲な肝病態評価が可能〜
東京医科大学消化器内科学分野 糸井隆夫主任教授、杉本勝俊准教授らが、キヤノンメディカルシステムズ社の超音波診断装置(Aplio i800)で測定可能な3つの画像マーカー:Dispersion slope (DS)、Attenuation coefficient (AC)およびShear wave speed (SWS)を肝生検で診断したMASLDおよびMASH患者に対してそれぞれ測定し、各画像マーカー(DS, AC, SWS)と肝生検による病理学的な因子(炎症、脂肪化、線維化)との関連について評価しました。その結果、DSは炎症、ACは脂肪化、SWSは線維化と関連があることが分かりました。
【概要】
東京医科大学(学長:林由起子/東京都新宿区)消化器内科学分野 糸井隆夫主任教授、杉本勝俊准教授らが、キヤノンメディカルシステムズ社の超音波診断装置(Aplio i800)で測定可能な3つの画像マーカー:Dispersion slope (DS)、Attenuation coefficient (AC)およびShear wave speed (SWS)を肝生検で診断したMASLD(Metabolic-dysfunction Associated Steatotic Liver Disease)およびMASH(Metabolic-dysfunction Associated Steatohepatitis)患者に対してそれぞれ測定し、各画像マーカー(DS, AC, SWS)と肝生検による病理学的な因子(炎症、脂肪化、線維化)との関連について評価しました。その結果、DSは炎症、ACは脂肪化、SWSは線維化と関連があることが分かりました。特に、肝臓の炎症を画像的に評価する確立された手法はなく、今後の臨床展開が期待されます。なお、この研究は日本を中心としたアジア各国、米国、および欧州を含む多施設国際研究として行われました。
この研究成果は、2024年8月20日、国際学術誌「Radiology」に掲載されました。
【本研究のポイント】
下記の超音波画像マーカーにより肝臓の炎症・脂肪化・線維化の評価が可能であり、MASLD/MASH患者の病態評価に有用
・Dispersion slopeは肝臓の炎症と相関する
・Attenuation coefficientは肝臓の脂肪化と相関する
・Shear wave speedは肝臓の線維化と相関する
【研究の背景】
慢性肝疾患の原因として近年C型肝炎患者の急速な減少と相前後して脂肪性肝疾患(steatotic liver disease: SLD)が臨床現場で急速に増加しています。SLDの中でも特に非飲酒者でのMASLDはこれまでNAFLDと呼称されてきた非アルコール性脂肪性肝疾患に代謝異常を加味した疾患名で本邦において非常に多い疾患です。しかし、その評価法や治療のモニタリングに関しては、いまだ侵襲的な肝生検が必要であり、実臨床で簡単に使える非侵襲的な評価法が求められています。近年、肝臓の線維化に関しては組織の硬さを映像化する超音波エラストグラフィの登場・普及で臨床現場は大きく変わってきています。また、肝臓の蓄積脂肪の評価も超音波で簡便かつ正確に行えるようになってきています。しかし、肝組織内の炎症の程度を評価する確立した画像技術はいまだありません。
【本研究で得られた結果・知見】
脂質や糖質を摂りすぎると、まずは単純性脂肪肝が生じます。この段階では肝臓内に脂肪沈着を認めますが、炎症所見は認めません。脂肪化の有無の評価にはAttenuation coefficient(AC)が有用です。その後、脂肪沈着がさらに続くと肝臓に炎症を生じMASH(Metabolic-dysfunction Associated Steatohepatitis)へ進展します。この段階では肝線維化は乏しく、この段階で適切に介入すれば大事には至りません。この評価にはDispersion slope(DS)が有用です。この段階を放置すると、肝内に線維化が進展しAt risk MASHになります。At risk MASHでは心血管イベントや肝がんのリスクが高まり、臨床的に重要な病態です。この評価にはShear wave speed(SWS)が有用です。このようにこれら3つの超音波マーカーを使用することで、脂肪肝の病態評価を適切に行うことが可能です(図1、2)。
【今後の研究展開および波及効果】
DSは肝臓の炎症を反映する画像マーカーですが、それ以外にも肝臓の線維化やBMI(Body Mass Index)と呼ばれる体重と身長から算出される肥満度を表す体格指数にも影響を受けることが今回の研究で分かりました。今後は肝臓の線維化が進んだ患者やBMIが高値の患者でもDSが精度よく測定できるような装置の改良が期待されます。また、DSの有用性はMASLD/MASH患者において報告がありますが、その他の肝疾患(C型肝炎、B型肝炎、自己免疫性肝炎、原発性胆汁性胆管炎等)での報告がほとんどなされていません。今後はこれらの肝疾患に対しても、DSの意義を評価していく必要性があります。現在DSを測定することができる超音波診断装置は、キヤノンメディカルシステムズ社ともう1社しかありません。今後、他の超音波機器メーカーが開発することで、この分野の研究がさらに発展していくと考えられます。
【掲載誌名・DOI】
掲載誌名:Radiology
DOI:10.1148/radiol.233377
【論文タイトル】
US Markers and Necroinflammation, Steatosis, and Fibrosis in Metabolic Dysfunction-associated Steatotic Liver Disease: The iLEAD Study
【著者】(*:責任著者)
Katsutoshi Sugimoto, MD *, Fuminori Moriyasu, MD , Marco Dioguardi Burgio, MD , Valrie Vilgrain, MD , Daniel Jesper, MD , Deike Strobel, MD , Valentin Blank, MD , Thomas Karlas, MD , Edward G. Grant, MD , Linda C. Kelahan, MD , Helena Gabriel, MD Byung Ihn Choi, MD , Takashi Nishimura, MD , Hiroko Iijima, MD ,Theodore J. Dubinsky, MD , Jin Gao, MD, , Dong Ho Lee, MD , Jae Young Lee, MD , Yanan Zhao, MD, , Pintong Huang, MD , Jie Zeng, MD, , Adrian Lim, MD , Xiaoyan Xie, MD , Richard G. Barr, MD , Vito Cantisani, MD , Giovanna Ferraioli, MD , Kentaro Sakamaki, PhD , Takao Itoi, MD , Masayoshi Kage, MD , Hirohisa Yano, MD .
1. Department of Gastroenterology and Hepatology, Tokyo Medical University, Tokyo, Japan.
2. Department of Gastroenterology and Hepatology, International University of Health and Welfare, Sanno Hospital, Tokyo, Japan.
3. Department of Radiology, Beaujon Hospital, Assistance Publique - Hpitaux de Paris, Universit de Paris, Clichy, France.
4. Department of Internal Medicine 1, Erlangen University Hospital Department of Medicine 1 Gastroenterology Endocrinology and Pneumology, Erlangen, Germany.
5. Department of Medicine II, Division of Gastroenterology, Leipzig University Medical Center, Leipzig, Germany.
6. Department of Radiology, Keck School of Medicine, University of Southern California, Los Angeles, California, USA.
7. Department of Radiology, Northwestern Memorial Hospital, Northwestern University Feinberg School of Medicine, Chicago, IL, USA.
8. Department of Radiology, Chung-Ang University Hospital, Seoul, Korea.
9. Department of Internal Medicine, Division of Gastroenterology and Hepatology, Hyogo College of Medicine, Nishinomiya, Japan.
10. Department of Radiology, University of Washington, Seattle, WA. USA.
11. Rocky Vista University, Ivins, Utah, USA.
12. Department of Radiology, Seoul National University Hospital, Seoul, South Korea
13. Department of Ultrasound in Medicine, Second Affiliated Hospital, Zhejiang University School of Medicine, Hangzhou, China.
14. Department of Ultrasound, Third Affiliated Hospital of Sun Yat-Sen University, Guangzhou, China.
15. Department of Imaging, Imperial College London and Healthcare NHS Trust, Charing Cross Hospital Campus, London, United Kingdom.
16. Department of Medical Ultrasonics, Institute of Diagnostic and Interventional Ultrasound, First Affiliated Hospital of Sun Yat-Sen University, Guangzhou, China.
17. Department of Radiology, Northeastern Ohio Medical University, Rootstown, Ohio, USA; Southwoods Imaging, Youngstown, Ohio, USA.
18. Uos Ecografia Internistico-chirurgica, Dipartimento di Scienze Radiologiche, Oncologiche, Anatomo-Patologiche, Policlinico Umberto I, Univ. Sapienza, Rome, Italy.
19. Dipartimento di Scienze Clinico-Chirurgiche, Diagnostiche e Pediatriche, Medical School University of Pavia, Pavia, Italy.
20. Center for Data Science, Juntendo University, Tokyo, Japan.
21. Department of Pathology, Kurume University School of Medicine, Kurume, Japan.
【主な競争的研究資金】
この研究はキヤノンメディカルシステムズ社の研究費により行われました。
【用語解説】超音波マーカーの説明
Shear wave speed (SWS):Shear waveはせん断波と呼ばれる組織内を伝播する横波のことです。超音波を虫眼鏡のように1点に集めることで生体組織を振動させることにより、せん断波を発生させることができます。せん断波は固い組織では早く伝わり、やわらかい組織では遅く伝わる特性があります。この性質を利用し、せん断波の速度を評価することで組織の硬さを評価することができます。
Dispersion slope (DS):生体組織は粘性と弾性を併せ持つ粘弾性体です。このような粘弾性体では、せん断波の周波数により伝播する速度が異なることが古くから知られています。せん断波には複数の異なる周波数のせん断波が含まれており、これらのせん断波それぞれにつき伝播速度を測定し、横軸にせん断波の周波数、縦軸に伝播速度としてプロットすると、右肩上がりの曲線として描出されます。この曲線の傾きがDSです。DSは粘性係数ではありませんが、粘性係数と相関する物理量と考えられています(図3)。
Attenuation coefficient (AC):超音波は組織の深部に伝わるにつれて減衰する性質があります。とくに脂肪肝では減衰が高度になります。この減衰の程度を数値化したものがACです。
▼本件に関する問い合わせ先
企画部 広報・社会連携推進室
住所:〒160-8402 東京都新宿区新宿6-1-1
TEL:03-3351-6141
メール:d-koho@tokyo-med.ac.jp
【リリース発信元】 大学プレスセンター https://www.u-presscenter.jp/