プレスリリース
― 肝硬変に対する免疫制御を介した新規治療法―
発表のポイント
ヒトiPS細胞を用いて、肝類洞構造や胆管構造を有する大型化が可能な新規肝臓オルガノイドの創出技術を確立しました。
新規ヒトiPS細胞由来肝臓オルガノイド移植により、炎症抑制性マクロファージの誘導活性を介して、従来は治療困難であった肝線維化(肝硬変)の改善効果がもたらされることを世界で初めて発見しました。細胞・臓器の機能補助という従来の再生医療とは全く異なった革新的な治療コンセプトと治療戦略を提示しており、治療が困難な難治性疾患に対する画期的な新規治療の可能性を示唆するものです。
肝硬変は全世界で5000万人以上の罹患者が存在し、有効な治療法の開発が急務となっていますが、これまでに有効な治療法は確立されていません。本研究成果を臨床応用することにより、肝硬変に対する新規治療法の確立が期待されます。
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ヒトiPS細胞由来肝臓オルガノイド移植による新たな肝線維化治療法の開発
発表概要
東京大学医科学研究所再生医学分野の谷口英樹教授、横浜市立大学医学部臓器再生医学の田所友美助教らの研究グループは、ヒトiPS細胞由来の肝臓オルガノイド(注1) 移植による新たな肝線維化治療法の開発に成功しました。本治療法は、肝臓の線維化と密接に関わる炎症反応をオルガノイド移植により人為的に制御し、炎症抑制状態を誘導し得ることを示した画期的な研究成果です。この新技術を臨床応用することにより、肝硬変治療において大きなブレークスルーがもたらされることが期待されます。
肝硬変は全世界で5000万人以上の患者が存在しており、今後も患者数が著明に増加することが予測されています。肝硬変の原因疾患は、B型肝炎やC型肝炎などのウイルス性感染症、代謝異常関連脂肪肝炎(Metabolic dysfunction-associated steatohepatitis:MASH)(注2)、アルコール性肝炎など多岐にわたっています。原因に関わらず肝線維化が進行すると肝機能が著しく低下し、肝臓移植のみが唯一の治療法となっているのが現状です。また、肝線維化に起因して致死的な肝臓癌の発がんリスクが高まります。現在、進行した肝線維症(肝硬変)に対する新たな治療戦略の開発が急務となっています。
今回、東京大学医科学研究所と横浜市立大学の共同研究グループは、ラット肝線維化モデルに発生期の胎児肝臓を移植することにより、肝硬変で低下した肝機能の回復効果、肝線維化および生存率の著明な改善効果が得られることを世界で初めて発見しました。そこで、ヒトiPS細胞を用いて、ヒト肝前駆細胞・ヒト血管内皮細胞・ヒト間葉系細胞という異なる3種類の胎児発生期の肝臓細胞を創り出し、これらの未熟な前駆細胞を用いて、肝類洞構造や胆管構造を有する大型化が可能な新規肝臓オルガノイドの創出技術を確立しました(図1)。
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図1: ヒトiPS細胞由来肝臓オルガノイドの進歩
従来のヒトiPS細胞由来肝臓オルガノイドは移植後に毛細血管を形成可能であった。本研究で開発した新しいヒトiPS細胞由来肝臓オルガノイドは毛細血管に加えてヒト細小静脈の形成が認められ、血管の多様性が増している。
ヒト胎児期の肝臓に近似したヒトiPS細胞由来肝臓オルガノイドの特性を解析したところ、炎症抑制性マクロファージ(M2-MΦ)の著明な誘導活性を示すことが確認されました。ラット肝線維化モデルに新規オルガノイドを移植すると、線維化が生じている肝臓において炎症抑制性マクロファージが誘導され、肝機能や生存率の改善のみならず、従来は治療することが極めて困難であった肝線維化が改善することが明らかになりました。この研究成果は、世界的に多数の患者が存在する肝硬変に対する新しい治療法として臨床応用に繋がることが期待されています。
本研究成果は、2024年7月24日(日本時間7月25日午前3時)、国際科学雑誌「Science Translational Medicine」(オンライン版)で公開されました。
発表内容
<研究の背景>
肝硬変は、ウイルス感染症、脂肪肝、アルコール性肝障害などを背景として進展していく致死的な慢性肝疾患であり、全世界で5000万人以上の罹患患者が存在します。肝線維化が進行すると肝機能が著しく低下するとともに、肝発がんリスクが著明に増加します。肝臓移植は肝硬変に対する根治療法ですが、世界的なドナー不足という深刻な問題が存在することから、代替治療法の確立が喫緊の課題となっています。しかしながら、現時点において進行した肝線維症に対する有効な治療法は全く開発されておらず、新たな治療戦略の開発が急務となっています。
肝線維化の進行は、炎症反応と密接に関係していることが確認されています。古くから、肝臓内の炎症反応にマクロファージが関与することが報告されており、炎症促進性マクロファージと炎症抑制性マクロファージの両者が存在することが確認されていました。肝臓内の炎症反応は、炎症性マクロファージが優位になることで悪化することが報告されており、炎症抑制性マクロファージを介する炎症制御をいかに行うのかが重要ポイントであると考えられています。しかしながら、これまでに炎症抑制性マクロファージの生体内における制御法は確立されていませんでした。
<研究の内容>
本研究では、発生過程の肝臓組織が高い組織生着能や組織再構築能を示すこと、さらには胎児期の肝臓が造血発生の場となっていることに着目し、発生過程における胎児の肝臓組織が造血細胞のひとつであるマクロファージに作用することにより、肝線維化改善に及ぼす効果を検討しました。まず、ラット肝線維化モデルに発生期のラット胎児肝臓を移植したところ、生存率の著明な改善効果とともに肝線維化が改善することを世界で初めて発見しました(図2)。
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図2: 発生期肝臓移植による肝線維化改善効果
ラット肝線維化モデルの肝臓表面にラット胎児肝臓を移植することにより、生存率改善・肝線維化改善が確認された。(左上)ラット肝線維化モデルに対する発生期ラット肝臓の肝表面移植。写真は移植前と移植3週間後。(右上)発生期ラット肝臓移植後の生存率。(左下)発生期ラット肝臓移植後のシリウスレッド染色およびヒドロキシプロリン定量による肝線維化評価。(中央下)発生期ラット肝臓移植後の血液生化学データによる肝機能評価。また、ラット胎児肝臓を移植することにより、移植を受けたラット肝臓内で炎症抑制性マクロファージ(M2-MΦ(CD163陽性))が誘導されることが明らかとなった。(右下)発生期ラット肝臓移植後の肝臓内M2-MΦ(CD163陽性)の組織解析像。
研究グループは、これまでに胎児期の肝臓発生過程を詳細に解析しており、その知見をもとにして、従来型のヒトiPS細胞由来オルガノイド(Takebe et al., Nature, 2013; Takebe et al., Cell Rep, 2017)を高密度で融合させることにより、発生中期の胎児肝臓に近似した大型化が可能なヒトiPS細胞由来肝臓オルガノイドの創出法の開発に新たに成功しました(図1)。すなわち、ヒトiPS細胞を用いて肝類洞構造や胆管構造を有するヒト胎児肝臓により近似した新規肝臓オルガノイドの創出技術を確立しました。この新規オルガノイドは、原理的にサイズの大型化が可能な方法で作製されており、ヒトへの臨床応用への展開が容易であると考えられます。
従来、ヒトiPS細胞から作製した肝臓オルガノイド内部の血管系は、直径が5−20μmの毛細血管に相当する細い血管系に限定されていました。今回、新たに開発に成功した新規肝臓オルガノイド内部の血管系は、直径が150−220μmという細小静脈に相当する、従来よりも10倍以上太いしっかりとした血管系を有しています。このような太い血管系は、肝機能の発現に極めて重要な組織構造である肝類洞構造の再構成に有効であることが明らかとなっています(図1)。
他方、肝線維化の進行は炎症反応と密接に関係しており、この炎症反応に肝臓内のマクロファージ(注3)が深く関与していると考えられています。本研究では、胎児期の肝臓が造血発生の場となっていることに着目し、造血細胞のひとつであり、胎児肝臓内に豊富に存在するマクロファージが肝線維化改善に及ぼす効果を検討しました。ラット肝線維化モデルに発生中期の胎児肝臓を移植したところ、生存率の著明な改善効果とともに肝線維化が改善することを世界で初めて発見しました(図2)。移植を受けたラットでは、様々な肝機能マーカーの改善が認められ、このラットの肝臓内では、CD163を発現する炎症抑制性マクロファージ(M2-MΦ)が増加していました。胎児肝臓移植は炎症抑制性マクロファージの誘導をもたらすことが確認されました。
研究グループは、胎児肝臓移植の結果を元に、炎症抑制性マクロファージの人為的な制御による新たな肝線維化治療に関する検討に取り組みました。研究グループが新たに開発した大型化が可能なヒトiPS細胞由来の肝臓オルガノイドをラット肝線維化モデルに移植したところ、ラット胎児肝臓移植と同じように、肝線維化の改善と生存率の向上が見られました(図3)。
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図3: ヒトiPS細胞由来肝臓オルガノイド移植による肝線維化治療効果
(上)肝線維化モデルへのヒトiPS細胞由来肝臓オルガノイド移植治療の模式図。肝線維化モデル動物の肝臓の表面にヒトiPS細胞由来肝臓オルガノイドを移植すると、肝臓内のマクロファージが炎症抑制性へと変化することにより生存率や肝臓の線維化が改善する。(左下)肝線維化モデルへのヒトiPS細胞由来肝臓オルガノイド移植後の生存率改善。(右下)シリウスレッド染色による線維化評価。ヒトiPS細胞由来肝臓オルガノイド移植により、炎症抑制性マクロファージにより炎症が抑制され、線維化の改善が認められた。
ヒトiPS細胞由来肝臓オルガノイド移植による肝線維化改善の機序について検討するため、ヒトiPS細胞由来肝臓オルガノイドと未熟なマクロファージ(M0-MΦ)を共培養し、マクロファージの特性変化を検討しました。その結果、ヒトiPS細胞由来肝臓オルガノイドは未熟なマクロファージを炎症抑制性マクロファージ(M2-MΦ)に誘導する作用を持つ複数の重要分子を発現しており、炎症抑制性マクロファージの効率的な誘導が可能であることが明らかとなりました(図4左)。さらに、ヒトiPS細胞由来肝臓オルガノイド移植の線維化改善におけるマクロファージの寄与を確認するため、ヒトiPS細胞由来肝臓オルガノイド移植時にマクロファージの阻害効果を示す薬剤(クロドロン酸内包リポソーム(Clodronate liposome))を投与し検討しました。ヒトiPS細胞由来肝臓オルガノイド移植による肝線維化改善はクロドロン酸内包リポソーム投与によりキャンセルされるとともに、肝臓内の炎症抑制性マクロファージ(M2-MΦ)が減少することが明らかとなりました(図4右)。
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図4: ヒトiPS細胞由来肝臓オルガノイド移植による線維化改善メカニズム
(左)ヒトiPS肝臓オルガノイド(LO)による炎症抑制性マクロファージ(M2-MΦ)分化誘導。LOと共培養したMΦは、LOと共培養していないMΦと比較してM1-MΦマーカーの発現に変化は認められなかった。一方、LOと共培養したMΦは、LOと共培養していないMΦと比較してM2-MΦマーカーの発現亢進が認められた。(右)ヒトiPS肝臓オルガノイド移植による線維化領域の減少効果は、マクロファージ阻害薬の添加によりキャンセルされた。MΦを阻害した肝臓では、MΦ(F4/80陽性細胞)の中でもM2-MΦ(CD163陽性細胞)が顕著に減少していた。
以上より、ヒトiPS細胞由来肝臓オルガノイド移植は、線維化肝臓内のマクロファージを炎症促進性マクロファージ(M1-MΦ)が優位な状態から、炎症抑制性マクロファージ(M2-MΦ)が優位な状態に生体内環境を人為的に変化させることにより、肝線維化を改善するという新たな機序による肝線維化に対する治療戦略の開発に成功しました。今回の研究成果は、細胞や臓器の機能補助に着目した、従来の再生医療とは全く異なった革新的な治療コンセプトと治療戦略を提示しています。すなわち、宿主肝臓の生体内におけるマクロファージを介した免疫制御による肝線維化治療の可能性を示しており、難治性線維症に対する新たな治療法の開発につながる可能性があります。特に全世界で患者数の急増が予想されている代謝異常関連脂肪肝炎(Metabolic dysfunction-associated steatohepatitis (MASH) (非アルコール性脂肪性肝炎より病名変更)) を背景とする肝硬変について、脂質代謝制御を主な治療ターゲットとする従来の薬剤とは全く異なるアプローチにより、肝線維化の改善効果をもたらすことが期待されます。本研究成果を元にヒトを対象とする臨床開発を推進することにより、世界的な大きな波及効果をもたらすことが期待されます。
〇関連情報:
「プレスリリース@ iPS細胞から血管構造を持つ機能的なヒト臓器を創り出すことに成功!」(2013/7/4)
https://www.jst.go.jp/pr/announce/20130704/
「プレスリリースA ヒトiPS細胞からミニ肝臓の大量製造に成功」(2017/12/6)
https://www.amed.go.jp/news/release_20171206.html
発表者・研究者等情報
東京大学医科学研究所 附属幹細胞治療研究センター 再生医学分野
谷口 英樹 教授
横浜市立大学医学部 臓器再生医学
田所 友美 助教
論文情報
雑誌名:Science Translational Medicine
題 名:Human iPSC-liver organoid transplantation reduces fibrosis via immunomodulation
著者名:Tomomi Tadokoro, Soichiro Murata, Mimoko Kato, Yasuharu Ueno, Tomonori Tsuchida, Ayumu Okumura, Yoshiki Kuse, Takahiro Konno, Yutaro Uchida, Yuriko Yamakawa, Marina Zushi, Megumi Yajima, Tatsuya Kobayashi, Shunsuke Hasegawa, Yumi Kawakatsu-Hatada, Yoshihito Hayashi, Shun Osakabe, Takuji Maeda, Kodai Kimura, Akihiro Mori, Maiko Tanaka, Yu Kamishibahara, Megumi Matsuo, Yun-Zhong Nie, Satoshi Okamoto, Takayoshi Oba, Naoki Tanimizu, Hideki Taniguchi*
DOI: https://doi.org/10.1126/scitranslmed.adg0338
研究助成
本研究は、AMED「再生医療実現拠点ネットワークプログラム疾患・組織別実用化研究拠点(拠点B)(代表:谷口英樹)(課題番号:JP13bm0304002)」、AMED「再生・細胞医療・遺伝子治療実現加速化プログラム再生・細胞医療・遺伝子治療研究開発課題(非臨床PoC取得研究課題)(代表:谷口英樹)(課題番号:JP23bm1223007)」、AMED「再生医療実現拠点ネットワークプログラム幹細胞・再生医学イノベーション創出プログラム(代表:田所友美)(課題番号:JP20bm0704047)」、AMED「橋渡し研究戦略的推進プログラム(代表:谷口英樹)(課題番号:JP17lm0203005)」などの支援により実施されました。
用語解説
(注1)オルガノイド
幹細胞を特定の条件下で培養することにより増殖・分化を進め、臓器の組織構造や機能の一部を再現した細胞構造体を指す。
(注2)Metabolic dysfunction-associated steatohepatitis (MASH)
肝臓への脂肪蓄積に加えて、肥満や2型糖尿病、あるいは2種類以上の代謝異常が併存している場合に診断される代謝異常関連脂肪性肝疾患(Metabolic dysfunction-associated steatotic liver disease, MASLD)の中で、特に肝臓内において炎症が生じ線維化が進行する病態を指す。肥満や2型糖尿病を含む代謝異常は、脂肪肝の病期進展に関わる危険因子であり、近年本疾患を背景とした肝硬変患者数が増加している。
(注3)マクロファージ
免疫細胞の一種であり、死細胞などを食べる“貪食作用”を持つ細胞。貪食した細胞の一部を他の免疫細胞に提示することで、免疫反応を惹起する。大きく分けて炎症促進性マクロファージ(M1-MΦ)と炎症抑制性マクロファージ(M2-MΦ)に分類され、環境に応じてさらに細かく分類される場合もある。