プレスリリース
−ねじれの起源に基づいた分子性結晶の品質制御に期待−
横浜市立大学大学院生命ナノシステム科学研究科 鈴木 凌助教、橘 勝教授、小島 謙一名誉教授ら研究グループは、微小な“ねじれ”を由来とするタンパク質結晶*1の不完全性の観測に成功しました。
本研究成果は、米国化学会の国際学術誌「The Journal of Physical Chemistry Letters」に掲載されました。(2024年4月5日)
研究成果のポイント
・微小なねじれによるタンパク質結晶の不完全性を観測
・ねじれが小さいほど完全結晶に近いねじれ結晶のふるまいを発見
・結晶がねじれる原理の起源を提案
・タンパク質結晶をはじめ、ねじれの起源に基づいた分子性結晶の品質制御に期待
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図1 タンパク質結晶の完全性とねじれの関係
研究背景
結晶とは、ダイヤモンドやSi(半導体シリコン)の結晶に代表されるように、原子や分子が規則正しく配列した固体状態のことを示します。その形は、雪の結晶であれば六角形、塩の結晶であれば立方体など、物質固有の結晶学的に安定 でフラットな結晶面から構成されています。しかし、一見すると不安定であるにもかかわらず、世の中に存在する多くの結晶はねじれた形を持つことが知られています。最近では、本研究グループによりタンパク質の結晶がわずかにねじれていることを発見し、この“ねじれ”は非対称な形状を持つ分子からなるすべての結晶に存在する、結晶本来の性質である可能性を提案しました[1]。一方、これまで欠陥や“ねじれ”が一切存在しない完全結晶となり得るタンパク質の結晶があることも発見されていました[2]。しかし、なぜねじれ結晶になるのか、なぜ完全結晶になりうるのか、その原理はこれまで未解明でした 。
研究内容
本研究グループは、大型放射光*2施設の高エネルギー加速器研究機構「フォトンファクトリー(PF)*3」のBL-14BおよびBL-20Bにおいて、グルコースイソメラーゼ結晶(以下、GI結晶)のデジタルX線トポグラフィ*4を行いました。デジタルX線トポグラフィでは、結晶を微小回転させながら回折X線の強度のふるまいを測定するロッキングカーブ測定*5を行いました。今回用いたGI結晶は2種類の結晶構造があります。具体的には、GI分子の積層がわずかに異なるI222(以下、I-GI結晶)とP21212(以下、P-GI結晶)の空間群を持つ構造です。これまで、I-GI結晶は完全結晶に匹敵する極めて高い品質を持つ結晶であることが分かっています[2]。
本研究では、P-GI結晶のデジタルX線トポグラフィにおいて、I-GI結晶と同じく転位に代表される結晶欠陥が存在しないことが分かりました。一方、結晶の回転軸に沿ってX線回折*6位置が変化する特異なふるまいが観測されました(図2)。このふるまいは10-6~10-5 º/µm程のわずかな“ねじれ”に起因していることが分かりました。これは、本研究グループが最近報告した鶏卵白リゾチーム結晶の微小な“ねじれ”以下の大きさであることが分かりました。
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図2 P-GI結晶の(a)デジタルX線トポグラフ像と(b)回折角度位置のマッピング図
さらに興味深いことに、結晶がねじれているにもかかわらず、I-GI結晶と同様に結晶の完全性を由来とするX線の動力学的回折*7現象が観測されました。具体的には、ロッキングカーブの振動現象です。この動力学的回折現象はダイヤモンドやSi結晶など、極めて完全性の高い限られた結晶でしか観察されていません。しかし、P-GI結晶で観測されたふるまいは、]線の動力学的回折理論から予測されるふるまいからわずかにずれていることが分かりました(図3)。さらに、結晶のねじれが大きいほど、理論からのずれが大きくなることが分かりました。これはP-GI結晶の不完全性が“ねじれ”に起因していることを示しています。すなわち、“ねじれ”が結晶の不完全性として残された最後の欠陥であり、“ねじれ”の制御が結晶の品質制御に重要であることを示しています。
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図3 (a) P-GI結晶のロッキングカーブの実測値と理論曲線,
(b) ねじれの大きさとロッキングカーブの理論曲線との一致度合いの相関
R2は1に近いほど、実測値が理論予測に近いことを意味する。
完全結晶であるI-GI結晶とねじれ結晶であるP-GI結晶の結晶構造データより、I-GI結晶のGI分子間の接触(相互作用)は等方的である一方、P-GI結晶では分子間接触が異方的であることが分かりました(図4)。結晶の“ねじれ”の原因について、これまでにいくつかメカニズムが提案されていますが、そのほとんどが温度や圧力などの外的な環境因子により説明されています。一方、これまで本研究グループが発見したタンパク質結晶の微小な“ねじれ”の起源は、結晶を構成するタンパク質分子の形状に由来することを提案してきました。本研究により、同一分子から完全結晶とねじれ結晶が観測されたことで、ねじれの起源として分子間接触の異方性を提案することができ、結晶のねじれの起源解明に一歩前進しました。また、結晶を構成する分子を由来とするより原理的で本質的な“ねじれ”のメカニズムとして注目される理論モデル「geometrical frustration(幾何学的フラストレーション)」を改善できる重要な実験的証拠となる可能性があります。
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図4 (a) I-GI結晶と(b)P-GI結晶の結晶構造, (c)簡易的に描いた各GI結晶の構造
I-GI結晶は等方的、P-GI結晶は異方的な分子間接触がある
今後の展開
本研究では、同一のタンパク質を用いて、完全結晶とねじれ結晶の存在を明らかにしました。デジタルX線トポグラフィによるロッキングカーブイメージングの回折理論に基づいた解析から、微小な“ねじれ”が結晶に取り残された最後の結晶欠陥であることが分かりました。また、結晶構造情報から、その“ねじれ”の起源として、結晶を構成する分子間の異方的な接触(相互作用)であることが示唆され、“ねじれ”の原理解明に一歩前進しました。タンパク質をはじめとした分子性結晶の“ねじれ”の制御により、新薬開発のための単結晶構造解析のみならず、材料の開発促進が期待されます。
研究費
X線トポグラフィ測定はKEKのフォトンファクトリーBL-14B、BL-20B(Proposal Nos. 2019G103, 2021G022, 2023G030)にて行われました。本研究の一部は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業さきがけ(JPMJPR1995)、JSPS科研費(19K23579, 21K04654, 23H01305)の支援を受けて実施されました。
論文情報
タイトル:Unraveling Polymorphism and Twisting in Near-Perfect Protein Crystals
著者:Ryo Suzuki, Marina Abe, Kenichi Kojima, Masaru Tachibana
掲載雑誌:The Journal of Physical Chemistry Letters
DOI:https://doi.org/10.1021/acs.jpclett.4c00319
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用語説明
*1 タンパク質結晶:タンパク質分子が規則正しく配列した結晶。タンパク質の結晶によるX線回折の強度を解析することにより、タンパク質分子の3次元構造を知ることができる。
*2 放射光:電子を光とほぼ等しい速度まで加速させ、電磁石を用いて進行方向を曲げたときに発生する高指向性の強力な電磁波のこと。X線の波長域を含んでおり、実験では単色化したX線を使用している。
*3 フォトンファクトリー(PF):「光の工場」という意味の名で知られる、KEKのつくばキャンパスにある放射光施設。1982年に運転を開始し、X線領域では日本で最初の放射光専用加速器である。数度の改造を経て放射光の高輝度化を図ってきた。国内外の大学等から年間3000人を超える研究者に利用されている。
*4 デジタルX線トポグラフィ:X線トポグラフィとは回折X線の強度の変化を用いて、結晶内の結晶欠陥を観察する非破壊の手法のこと。デジタルX線トポグラフィでは、従来のX線トポグラフィで使用するX線フィルムの代わりにX線のデジタル検出器を使用する。従来のX線トポグラフィでは困難な角度や時間の情報など、多角的なイメージングが可能となる。
*5 ロッキングカーブ測定:X線回折が生じている結晶を連続的に回転するときに得られる回転角に依存した回折X線の強度を測定する方法。角度と回折強度の変化を追うことで、結晶の品質を定量的に評価することが出来る。
*6 X線回折:試料にX線を照射し回折X線を検出して、対象物の構造を非破壊で解析する技術
*7 動力学的回折:X線が結晶中で多重散乱を起こす回折。ダイヤモンドや半導体Siなどの完全性の高い結晶(完全結晶)でのみ観察される。
参考文献など
[1]. Marina Abe, Ryo Suzuki, Keiichi Hirano, Haruhiko Koizumi, Kenichi Kojima, Masaru Tachibana, Existence of twisting in dislocation-free protein single crystals. Proc. Natl.Acad. Sci. USA, 119 (2022) e2120846119.
タンパク質の結晶のほとんどはねじれている! −微小な“ねじれ”の観測に成功−(横浜市立大学
プレスリリース)
https://www.yokohama-cu.ac.jp/news/2022/20220518tachibana.html
[2]. Ryo Suzuki, Haruhiko Koizumi, Keiichi Hirano, Takashi Kumasaka, Kenichi Kojima, and Masaru Tachibana, Analysis of oscillatory rocking curve by dynamical diffraction in protein crystals. Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 115 (2018) 3634.
タンパク質結晶における動力学的回折現象の観察に成功〜より高精度な構造解析法の確立に期待〜
(横浜市立大学プレスリリース)
https://www.yokohama-cu.ac.jp/news/2017/20180322Tachibana.html