プレスリリース
【東京薬科大学】膜タンパク質の細胞外領域相互作用を網羅的に解析できる新技術を開発--革新的な技術で創薬標的の不足を解消し、市販薬改良への手がかりも解析可能に--
・概要
愛媛大学プロテオサイエンスセンターの山田航大大学院生(博士課程後期1年)、澤崎達也教授、徳島大学先端酵素学研究所の小迫英尊教授、東京薬科大学生命科学部生命医科学科の土方敦司准教授、東北大学大学院医学系研究科の金子美華准教授、加藤幸成教授、長浜バイオ大学バイオデータサイエンス学科の白井剛教授らの研究グループは、膜タンパク質1)の細胞外領域の相互作用を同定する新しい技術の開発に成功しました。本技術は、愛媛大学が開発した新しい酵素を抗体2)に融合した分子を使用する技術としてFabIDと名付けられました。がん遺伝子である上皮成長因子受容体EGFR3)というタンパク質の解析をFabIDによって行ったところ、EGFRと相互作用する既知のタンパク質を標識できることがわかりました。また新規にEGFRと相互作用する複数のヒトタンパク質を新たに発見し、それらの相互作用がリガンドや薬剤依存的に変化することを世界で初めて見出しました。論文は、2023年12月14日にNature Communications誌に掲載されました。
1.背景
生体内の多くのタンパク質は他のタンパク質と複合体を形成し、細胞の運命を決定づけています。そのため、タンパク質間相互作用(PPI)4)の解析は、標的タンパク質の生物学的機能を理解するための重要なプロセスです。特に、膜タンパク質はヒト遺伝子の30%以上を占め、細胞機能に重要な役割を果たしています。膜タンパク質の多くは機能発揮のために、複合体を形成することが知られており、タンパク質の機能を理解するためには膜タンパク質のタンパク質間相互作(PPI)の解明が重要です。しかし膜タンパク質のPPI、特に細胞外領域PPI(exPPI)5)を生きた細胞で解析できる技術の開発は遅れています。近年、近接したタンパク質を標識し、大規模にPPI解析を行える近接標識法が注目されています。しかし、膜タンパク質の細胞外領域を標的とした近接タンパク質標識法は、細胞毒性のある分子を用いたPPI解析が主流であり、生きた細胞を標的とした系の確立が求められてきました。
2.研究成果
愛媛大学プロテオサイエンスセンターでは独自に、近接するタンパク質のリジン残基をビオチン標識する酵素である近接依存性ビオチン標識酵素AirID6)(Kido, et al., eLife 2020)を開発しています。近接依存性ビオチン標識酵素をexPPIに使用した研究は以前にも数報ありましたが、遺伝子改変した本来の構造とは大きく異なるタンパク質形状での解析であり、解析結果が本来の相互作用をどの程度反映しているのか不明でした。生きた細胞膜上で起こっている相互作用を正確に理解するためには細胞が発現しているタンパク質を直接標的としてexPPI解析できる技術を開発する必要がありました。
そこで本研究グル―プは、膜タンパク質の細胞外ドメイン7)を認識する抗体の抗原認識部位にAirIDを融合させた分子(FabID)を作製することでexPPIを解析できると考えて研究を始めました(図1)。
exPPIを解析する膜タンパク質は、がん遺伝子として知られている細胞膜上のタンパク質である上皮成長因子受容体EGFRを標的としました。EGFRを発現する細胞である上皮様細胞癌由来細胞(A431細胞)(以下、上皮がん細胞と明記)にFabIDとビオチンを添加したところ、FabIDを使用して細胞膜上のEGFRをビオチン標識できることが培養細胞レベルで確認されました(図2)。
そして、FabIDを用いたビオチン化標識と、徳島大学で開発されたビオチン化タンパク質を解析する質量分析を組み合わせて使用することで、多くの新規EGFR相互作用タンパク質 (図3A中の青文字のタンパク質)を同定することに成功しました。同定したタンパク質は、新たな創薬標的となる可能性があります。
EGFRはEGFというリガンドと結合することで細胞にシグナルを伝達します。EGFがEGFRに結合するとEGFRの細胞内ドメインに種々のタンパク質が結合して、タンパク質複合体が形成されることが知られています。そして、現在がんの治療薬として広く使用されているEGFRチロシンキナーゼ阻害剤8)はEGFRに結合してEGFR細胞内ドメインを介したタンパク質複合体形成を阻害して薬効を発揮していると考えられています。しかし、EGFRがEGF(リガンド)に結合した際やEGFRチロシンキナーゼ阻害剤(薬剤)が作用した際のEGFRのリガンド依存的および薬剤依存的なexPPI変化はこれまで全く観察されてきませんでした。そこで私たちはFabIDを用いて培養細胞内で起こっているリガンド依存的および薬剤依存的なEGFRのexPPI変化を観察しました。結果としてEGFRにリガンドや薬剤が結合することによってダイナミックにexPPIが変化していることを世界で初めて見出しました(図 3)。
3.波及効果
膜タンパク質は、ほぼ全ての生物で細胞内外の情報を伝達するために使用されています。そのため、膜タンパク質のexPPI解析を行うことは生物学の発展に直接的に寄与することが期待されます。また、市販薬の半数以上が膜タンパク質を標的として機能しているため膜タンパク質は重要な創薬ターゲットとして知られています。しかし、新しい創薬ターゲットとなる膜タンパク質を見つけることは難しく、製薬業界では大きな課題となっています。本研究で開発した、FabID技術は生きた細胞を使用したexPPI解析を可能にするだけでなく新規の創薬ターゲット同定に使用できます。また、FabIDは従来法では解析されてこなかったリガンド依存的・薬剤依存的なexPPI変化を捉えることができることがわかりました。今後は、このFabIDを使用したexPPI解析による新規の創薬ターゲット同定や、市販薬剤が結合した際の膜タンパク質exPPI変化を詳細に解析して行くことで市販薬の改良に大きく貢献することが期待されます。
4. 研究体制と支援について
本研究は、愛媛大学プロテオサイエンスセンターと徳島大学先端酵素学研究所、東京薬科大学生命科学部生命医科学科、東北大学大学院医学系研究科、長浜バイオ大学バイオデータサイエンス学科の共同研究として行われました。
また、本研究の実施にあたっては、日本医療研究開発機構(AMED)創薬等ライフサイエンス研究支援基盤事業(BINDS)「コムギ無細胞系による構造解析に適した複合体タンパク質生産・調製技術と低分子抗体作製技術の創出」、「コムギ無細胞系とAirIDを基盤とした複合体生産・探索・解析技術の支援と高度化」、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業「数理解析に基づく生体シグナル伝達システムの統合的理解」、「抗体融合近位依存性ビオチン化酵素によるウイルス侵入解析技術の開発」、武田科学振興財団、徳島大学先端酵素学研究所共同利用・共同研究拠点事業、愛媛大学フロテオインタラクトーム解析共同利用・共同研究拠点事業(PRiME)の支援を受けました。
<論文タイトルと著者>
タイトル: Proximity extracellular protein-protein interaction analysis of EGFR using AirID-conjugated fragment of antigen binding
(和訳) AirID融合断片化抗体を用いたEGFRの近接細胞外相互作用の解析
著者 : 山田 航大 (愛媛大学), 塩屋 亮平 (研究当時: 愛媛大学), 西野 耕平 (徳島大学), 降旗 大岳 (愛媛大学), 土方 敦司 (東京薬科大学), 金子 美華 (東北大学), 加藤 幸成(東北大学), 白井 剛 (長浜バイオ大学), 小迫 英尊(徳島大学), 澤崎 達也 (愛媛大学)
掲載誌 : Nature Communications
DOI: 10.1038/s41467-023-43931-7
掲載日:2023年12月14日(日本時間)
本件に関する問い合わせ先
【研究に関すること】
愛媛大学プロテオサイエンスセンター
教授 澤崎 達也
TEL: 089-927-8530
Mail: sawasaki@ehime-u.ac.jp
【取材に関すること】
愛媛大学 広報課広報チーム
TEL: 089-927-9022 FAX: 089-927-9052
Mail: koho@stu.ehime-u.ac.jp
徳島大学先端酵素学研究所事務室
TEL: 088-633-9420
Mail: kousojimc@tokushima-u.ac.jp
東京薬科大学 総務部 広報課
TEL: 042-676-6711 FAX: 042-676-1633
Mail: kouhouka@toyaku.ac.jp
長浜バイオ大学 アドミッション・オフィス 広報担当
TEL: 0749-64-8100
Mail: kouhou@nagahama-i-bio.ac.jp
用語説明
1) 膜タンパク質
生体膜に組み込まれたタンパク質で微生物、動物、植物全ての細胞や細胞内小器官の膜状で働くタンパク質の総称です。イオンや栄養素の運搬をするものから外界からの刺激を受容するセンサーとしての役割を果たすものまで膜タンパク質の機能はとても多岐に渡ります。創薬ターゲットとして 考えられている膜タンパク質は数多くあり、実際に多くの薬剤が膜タンパク質に結合して機能を発揮しています。膜タンパク質の機能を解析することは、生命科学研究の最前線であり続けています。
2) 抗体
抗体は、細菌やウイルスなどの異物が体内に侵入した際にそれらに結合して異物を生体内から除去する分子です。抗体は、抗原と言われる異物由来のタンパク質などの物質を特異的に認識します。この高い特異性を利用することで、生物学の研究室ではタンパク質を検出するために日常的に抗体が使用されています。抗体は、2本のH鎖と2本のL鎖というタンパク質から構成されておりY字の構造をしています。抗体のY字の先端部分が抗原結合部位(Fab: Fragment of antigen-binding)と呼ばれています。この抗原認識部位が多様性を持つことで抗体は様々なバリエーションを持つことができるため、種々の抗原を認識する様々な種類の抗体が生体内で作られます。
3) 上皮成長因子受容体 (EGFR: epidermal growth factor receptor)
上皮成長因子受容体EGFRは細胞表面に存在する細胞増殖に関わる膜タンパク質です。通常の細胞では、EGFRは皮膚や上皮系の細胞で働いて細胞増殖を促したりしています。しかし、EGFRの遺伝子に変異が入ることで細胞ががん化することが知られています。EGFRは、多くの固形がん細胞で高頻度に発現しており、特に日本人の肺がん患者さん全体の30~40%がEGFRに変異があると言われています。現在ではこの変異型のEGFRに作用する薬剤が開発され、がん治療の最前線で活躍しています。
4) タンパク質間相互作用(PPI)
タンパク質には単独で機能するものもありますが、多くのタンパク質は他のタンパク質や生体高分子と相互作用することによってその機能を発揮します(例えば、転写因子、構造タンパク質、シグナル伝達に関わるタンパク質など)。そのため、タンパク質間相互作用の情報は、タンパク質の機能を解明するために不可欠です。これまでに酵母ツーハイブリッド法、免疫沈降など、様々な手法が用いられてきており、多くの重要なタンパク質が見つかっています。複数の異なる手法を用いることで、細胞内タンパク質の制御をより深く理解することができるので、常に新たな相互作用解析技術が求められています。
5) 細胞外領域PPI(exPPI)
細胞外領域PPIは英語でExtracellular Protein-Protein Interactionと言われるためその頭文字をとってexPPIと略語で呼んでいます。膜タンパク質は、膜を貫通するドメインである膜貫通ドメインと細胞外に出ているドメインである細胞外ドメイン、細胞内に存在するドメインの細胞内ドメインから構成されます。そのうち細胞外ドメインのPPIを解析することは、細胞内ドメインのPPI解析よりも難しいことが知られています。この理由としては、細胞外ドメインのPPI解析ツール開発が細胞内ドメインのそれよりも圧倒的に遅れているためです。よってexPPI解析ツールの開発が必要とされています。
6) 近接依存性ビオチン標識酵素(AirID)
タンパク質間相互作用解析技術の一つです。近接依存性ビオチン標識酵素を融合したタンパク質とビオチンを共存させるだけの簡便な反応により、鋭敏な相互作用解析を可能にします。簡便かつマイルドな条件での解析が可能であり、生きた細胞や生物個体を用いた解析も可能なため、大変注目されています。AirIDは従来用いられているビオチン化酵素 BirA を基に、進化工学的手法を用いて愛媛大学で開発された新規酵素です(Kido, et al., eLife 2020)。従来の酵素と比較して薬剤依存的なビオチン化反応に有効であることが報告されています(Yamanaka et al., Nat commun 2022)。
7) ドメイン
ドメインとは、タンパク質の中の特定の部分を指します。タンパク質は、アミノ酸と呼ばれる小さな分子が連なってできており、これらが長い鎖のようにつながっています。タンパク質ドメインは、この長い鎖の中で独自の構造を持ち、特定の機能を果たす部分です。例えば、あるタンパク質ドメインは、他のタンパク質や分子と結合する役割を持ち、別のドメインはタンパク質が適切な形に折りたたまれるのを助けるものもあります。ドメインはタンパク質の「パーツ」のようなもので、それぞれが特定の仕事を担当しています。
8) EGFRチロシンキナーゼ阻害剤
EGFRは、細胞内領域にチロシンキナーゼ活性を持つドメインを持っています。EGFRでは、チロシンキナーゼドメインに変異が入ることでチロシンキナーゼ活性が常に活性化された状態になり細胞ががん化することが知られています。そこで、そのチロシンキナーゼ活性を阻害する薬剤としてgefitinib(商品名: イレッサ、アストラゼネカ株式会社)などの薬剤が市販されました。そのようなE GFRのチロシンキナーゼ活性を阻害する薬が、EGFRチロシンキナーゼ阻害剤です。
図の説明
図1. 本研究で開発したFabID技術概要
(左). 抗体の抗原結合部位に、遺伝子上でAirIDを融合した概要図。抗原結合部位にAirIDを遺伝子上で融合したものがFabID。(右). FabIDを使用した膜タンパク質exPPI解析の概念図。ピンク色のBと書かれた分子がビオチンを表しておりAirIDと近接したタンパク質がビオチン化標識される。
図2. 培養細胞上でEGFRに結合するFabIDが細胞膜上を標識している免疫染色図
緑色がEGFRの細胞内での局在を表していて、赤色がビオチン化標識されているタンパク質を表している。下段の赤色が濃い方がよりタンパク質がビオチン化されていることを示している。細胞は、上皮がん細胞(A431細胞)を使用した。
図3. EGFRにリガンドや阻害剤が結合することによる近接標識タンパク質の変化
A)DMSO(リガンドおよび薬剤添加なし) 、EGF(リガンド)、EGF+Gefitinib(リガンド+薬剤)処理区のビオチン化変化を表すヒートマップ図。細胞は、上皮がん細胞(A431細胞)を使用した。タンパク質の黒文字は既知のEGFR相互作用タンパク質であり、青文字は今回新規に同定されたEGFR相互作用タンパク質である。
B)EGFRのexPPI変化を表した図。上皮がん細胞の場合は、EGF が結合していないときはEGFRとEEF1A1は近接している。EGFが結合するとINSRとEGFRとの近接している度合いが上がり、そこに薬剤が結合するとPTK7とEGFRの近接している度合いが上がる。
▼本件に関する問い合わせ先
総務部 広報課
住所:東京都八王子市堀之内1432-1
TEL:0426766711
FAX:042-676-1633
メール:kouhouka@toyaku.ac.jp
【リリース発信元】 大学プレスセンター https://www.u-presscenter.jp/