プレスリリース
「老齢マウスを使って加齢にともなう記憶力低下の原因を解明」−メラトニンの脳内代謝産物AMKに記憶力低下の改善薬として期待−
立教大学スポーツウエルネス学部(埼玉県新座市、学部長:沼澤秀雄)の服部淳彦特任教授(東京医科歯科大学名誉教授)は、同学部の丸山雄介助教、加藤晴康教授、公立小松大学の渡辺数基日本学術振興会特別研究員(PD)、平山順教授、関西医科大学の岩下洸助教と共同研究を行い、老齢になると記憶力が低下する原因の一つがメラトニンの脳内代謝産物であり、短期記憶から長期記憶への記憶の固定に関与するAMKという物質の海馬における激減にあることを初めて突きとめました。
本研究はJSPS科研費 JP22K11823の助成を受けたものであり、その研究成果は、生理学分野で世界最高峰の国際科学誌の一つである Journal of Pineal Research に、2024年1月12日(日本時間)にオンライン版で発表されました。
【発表のポイント】
1)老齢になると記憶力が低下するのは、海馬(記憶に重要な脳の部位)におけるN1-acetyl-5-methoxykynuramine(AMK)の低下が原因の一つであることを初めて明らかにしました。
2)AMKを1回投与すると長期記憶(記憶の固定)が誘導され、その時海馬において記憶形成に重要なタンパク質のリン酸化が誘導されることを明らかにしました。
3)老齢マウスと若齢マウスの海馬において発現している遺伝子を網羅的に解析した結果、長期記憶に関連する遺伝子群が老齢では有意に低下していることを明らかにしました。
4)この成果は、AMK が人においても加齢に伴う記憶力低下の原因の一つであり、AMKを基盤とした新薬の開発が、低下する記憶力の改善や認知症の前段階とされる軽度認知障害(MCI)の改善薬につながる可能性を示すものであります。
【研究の背景】
加齢に伴う記憶力の低下や認知症の問題は、超高齢社会において解決すべき喫緊の課題であります。松果体から夜間に分泌され人では睡眠との関連が深いメラトニンは、脳内において N1-acetyl-5-methoxykynuramine(AMK)という物質に代謝(変換)されますが、服部らのグループは2021年にこのAMKには、メラトニンよりもはるかに強い長期記憶の誘導効果がある(すなわち短期記憶から長期記憶への固定作用がある)ことを初めて突きとめています(※文献1)。そこで今回研究グループは、老齢になると記憶力が低下するのは海馬(記憶に重要な脳の部位)におけるAMKの低下が原因ではないかと考え、海馬におけるAMK量を測定し、その合成経路の解明と老齢になると長期記憶形成に関与するどの遺伝子群が低下するのかを網羅的に解析しました。
【研究成果の概要】
研究グループは、海馬においてどのようにAMKが合成されるのかを解明するために、松果体、血漿、海馬のメラトニン、AFMK(N1-acetyl-N2-formyl-5-methoxykynuramine:メラトニンから作られる第一段階の代謝産物)とAMK(AFMKから作られる代謝産物)の量を比較して、松果体から分泌されたメラトニンが血液を介して海馬に到達して、その後海馬においてAMKに変換されることを突きとめました(図1)。この時AMKの合成に関与する酵素の遺伝子の検討も行い、新しい候補遺伝子も見つけました。次に、マウスにおいても老齢になると記憶力が低下することはすでに文献(※1)で明らかにしておりますが、その原因を調べる実験を行ったところ、老齢になると海馬におけるAMKの量が若齢の1/20以下になること、またその時にAMKの合成にかかわる酵素の遺伝子の発現が有意に減少することを突きとめました(図2)。合わせて、AMKを投与すると海馬において記憶形成に重要であると報告されているタンパク質のリン酸化が誘導されることも見出しております。さらに、老齢マウスと若齢マウスの海馬で発現している遺伝子を網羅的に解析した結果、老齢になると長 期記憶形成に関与する多数の遺伝子の低下を認めました(図3)。
【研究成果の意義】
本研究成果から、人においても老齢になると海馬におけるAMK量が低下し、そのことにより記憶力の低下が引き起こされている可能性が考えられます。メラトニンは海外では睡眠を促すサプリメントとして広く利用されており、人において副作用がほとんどないことがわかっています。高齢者の生活の質(QOL)を向上させるためには、記憶力低下の改善は重要な課題であります。AMKあるいはAMKを基盤とした新薬の開発は、加齢性の記憶障害や認知症の前段階とされる軽度認知障害(MCI)における記憶力改善薬として期待されます。さらに人以外でも、ペットの高齢化への対処や警察犬や盲導犬の学習時の利用が考えられ、今後の展開が楽しみな物質であります。
【用語解説】
※文献1(以前の成果論文)
The melatonin metabolite N1-acetyl-5-methoxykynuramine facilitates long-term object memory in young and aging mice. Iwashita H, Matsumoto Y, Maruyama Y, Watanabe K, Chiba A, and Hattori A. Journal of Pineal Research. 2021; 70 (1): e12703.
【論文情報】
掲載誌:Journal of Pineal Research. 2024;76:e12934. doi:10.1111/jpi.12934
論文タイトル:N1-Acetyl-5-methoxykynuramine, which decreases in the hippocampus with aging, improves long-term memory via CaMKII/CREB phosphorylation.
著者名:Kazuki Watanabe, Yusuke Maruyama, Hikaru Iwashita, Haruyasu Kato, Jun Hirayama , and Atsuhiko Hattori
【研究代表者プロフィール】
服部 淳彦(ハットリ・アツヒコ) Hattori Atsuhiko
立教大学スポーツウエルネス学部スポーツウエルネス学科 特任教授
(東京医科歯科大学名誉教授)
専門分野:抗加齢医学、時間生物学
▼本件に関する問い合わせ先
立教大学総長室広報課
メール:koho@rikkyo.ac.jp
【リリース発信元】 大学プレスセンター https://www.u-presscenter.jp/