プレスリリース
北里大学医学部腎臓内科学の川島永子助教、内藤正吉講師らは、麻布大学獣医学部、国立研究開発法人産業技術総合研究所の協力の下、腎臓にある糸球体足細胞膜に発現するシアル酸含有糖脂質(ガングリオシド)であるGM3の発現量の調節が、ネフローゼ症候群の一種である巣状分節性糸球体硬化症 (Focal segmental glomerular sclerosis; FSGS) に伴うタンパク尿(血液中のタンパク質が尿中に漏れ出る状態)や糸球体障害の治療に有効である可能性を見出しました。
また、この有効性は、糖尿病性腎症モデルを用いた検討でも確認されています。これらのことから、糸球体足細胞膜構成分子の発現調節は、糖尿病性腎症も含めた複数のタンパク尿を伴う腎臓病の治療への応用も期待されます。本研究成果は、2023年12月15日 (現地時間) に、英国Springer Nature社の国際科学誌「Scientific Reports」にオンライン公開されました。
■研究成果のポイント
・タンパク尿の量が多い腎臓病の患者は透析療法が必要となる危険性が極めて高い一方で、タンパク尿治療に特化した治療薬は存在しません。
・これまで本研究グループは、抗てんかん薬としても用いられているバルプロ酸によりGM3合成酵素遺伝子の活性化を介して発現が増強されたGM3は、同じく糸球体足細胞膜に発現し、当該細胞間に形成されているスリット膜構成分子であるネフリンと協調して足細胞を保護することを見出しています。今回新たに、このバルプロ酸を用いたGM3による足細胞保護効果は、巣状分節性糸球体硬化症(FSGS)モデル動物におけるタンパク尿および腎機能の悪化・遷延に対する治療的効果が見られたにも関わらず、GM3合成酵素遺伝子欠損動物では同治療的効果は見られないことが分かりました。
・本研究グループは既に、糖尿病性腎症モデル動物においてもバルプロ酸を介したGM3の発現増強効果がタンパク尿や腎機能の悪化を阻止する効果があることも確認していることから、バルプロ酸によるGM3合成酵素遺伝子の活性化を介したGM3の発現が糸球体足細胞とスリット膜の機能維持に重要な役割を果たしていることが示されました。
・本研究結果は、糖脂質GM3や既存薬の腎領域における新たな効果を見出したことから、タンパク尿および腎機能改善に対する新たな治療薬開発だけでなく、安全面や費用対効果の面で有利な既存薬であるバルプロ酸の持つ「新たな作用」を活用することで、透析患者数減少への貢献が期待できます。
■研究の背景
慢性腎臓病は成人の8人中1人に存在していると推定されており、新たな国民病といわれています。慢性腎臓病の患者の中でも、タンパク尿の量が多いほど、透析療法や腎移植といった治療が必要となる危険性が高くなることが知られています。腎臓は生物が生きていく過程で生じた老廃物を体外に捨てる仕事をしています。その際、身体に必要なタンパク質が体外に漏れ出ないように、タンパクろ過バリアと呼ばれる「ふるい」の役割をしている場所があります。この「ふるい」が、腎足細胞が形成しているスリット膜と呼ばれる構造物です。タンパク尿はこのろ過バリアであるスリット膜が破綻することで、血液中のタンパク質が尿中に漏れ出てしまう状態のことです。さらに、タンパク尿は腎臓病を更に悪化させるだけでなく、脳卒中や心筋梗塞などの発症率を約3倍以上高めるリスクになることもわかっています。
本研究グループはこれまで、糖脂質GM3が腎足細胞間に形成されるスリット膜を構成するネフリンと協調しながら足細胞の機能を維持していることを明らかにしてきました(Clin Exp Nephrol, 2022; 26(11):1078-1085, Sci Rep, 2022;12(1):16058)。しかし、GM3のタンパク尿や腎機能に対する治療的効果は不明でした。
■研究内容と成果
本学医学部腎臓内科学で樹立したネフリンに対する抗体で惹起されるネフローゼ症候群モデルマウス (Nephron, 2018;138(1):71-87)に対して、抗てんかん薬でもあるバルプロ酸を投与してGM3合成酵素遺伝子の活性化を亢進させたところ、足細胞膜に発現するGM3が同細胞膜上のネフリンの障害の程度を軽微に留めることで、タンパク尿および腎機能の遷延・悪化を抑制する効果があることを明らかにしました【図1, 2】。さらに、前述の処理により病態下においても足細胞と糸球体基底膜を結合しているインテグリンβ1の発現維持を介して足細胞数の減少も阻止できていました。これらのことから、足細胞膜に発現するGM3は、同細胞膜に発現しスリット膜を形成するネフリンだけでなく、他の細胞膜タンパク質とも相互作用し、総合的に足細胞の障害の進行を抑制していることが示唆されました【図3】。
また本研究グループは、最大の透析導入の原因疾患である糖尿病性腎症に対するモデルマウスを用いた試験でも、バルプロ酸によるGM3合成酵素遺伝子の活性化を介してタンパク尿や腎機能悪化に対する治療効果を見出していることや、糖尿病性腎症患者の糸球体足細胞におけるGM3の発現の低下を確認しています(Int J Mol Sci, 2023; 24(14):11355)。これらの結果から、GM3を標的とした(新たな)薬剤治療が様々なタンパク尿を伴う腎疾患に応用可能であることが期待されます。
■今後の展開
糖脂質GM3の発現を介したタンパクろ過バリアの安定化は、タンパク尿の新規治療法開発の戦略として非常に重要であると考えられます。このため本研究グループは、バルプロ酸等を新しいタンパク尿治療薬として臨床応用するために、創薬の観点からさらなる研究活動を継続しています。
■論文情報
掲載誌:Scientific Reports
論文名:Progression of albuminuria and podocyte injury in focal segmental glomerulosclerosis inhibited by enhanced glycosphingolipid GM3 via valproic acid.
著 者:Nagako Kawashima*, Shokichi Naito, Masaki Nagane, Tadashi Yamashita, Ken-ichi Nakayama (*責任著者)
DOI:10.1038/s41598-023-49684-z
■用語解説
・糸球体足細胞:
腎臓の最初の尿生成過程を行う糸球体に存在する3種類の細胞の一つで、糸球体の最外層に存在しています。糸球体足細胞は、糸球体ろ過バリア機能の維持において最も重要な役割をしている細胞です。また、生体内で最も分化した細胞の一つであり増殖能をもたないことから、治療の際には一つでも多くの足細胞を生存させることが重要とされています。
・スリット膜:
糸球体足細胞間に存在する特殊な細胞間接着装置。糸球体のタンパクろ過バリア機能の役割を果たしています。多くの腎疾患では、タンパク尿はスリット膜のバリア機能が障害されることで発症すると考えられています。
・慢性腎臓病:
腎臓にどれくらい老廃物を尿へ排泄する能力があるかを調べる数値(eGFR)が60未満になった状態、または持続性のタンパク尿が確認された場合に、慢性腎臓病と診断されます。国内の総患者数は1300万人と推定されていて、慢性腎不全(腎機能が低下し、透析療法、腎移植が必要となる状態)の予備軍とされています。
■研究資金
本研究は、(財)鈴木謙三記念医科学応用研究財団(16-061)、(独)日本学術振興会(JSPS)の科学研究費 (17K09709, 18K08249, 20K08615)の支援を受けて実施しました。
■その他
本プレスリリースの図は、原論文「Progression of albuminuria and podocyte injury in focal segmental glomerulosclerosis inhibited by enhanced glycosphingolipid GM3 via valproic acid」の図を引用・改変したものを使用しています。
■問い合わせ先
【研究に関すること】
北里大学医学部 腎臓内科学
・助教 川島永子
e-mail:nagacok@kitasato-u.ac.jp
・講師 内藤正吉
e-mail:snaito@med.kitasato-u.ac.jp
【報道に関すること】
学校法人北里研究所 総務部広報課
〒108-8641東京都港区白金5-9-1
TEL:03-5791-6422
e-mail:kohoh@kitasato-u.ac.jp
【リリース発信元】 大学プレスセンター https://www.u-presscenter.jp/