プレスリリース
〜へき地医療に必要な医師の能力の把握などに貢献〜
横浜市立大学大学院データサイエンス研究科 ヘルスデータサイエンス専攻の金子 惇 准教授らの研究グループは、日本全国の「かかりつけ医*1 」にアンケート調査を行い、どのくらい幅広く診療を行っているかを調査したところ、勤務している医療機関が「へき地*2 」である方がより幅広い診療を行っていることが明らかになりました。
本研究成果は、BMC Primary Care 誌に掲載されました(1 月2 日オンライン公開)。
研究成果のポイント
日本全国のかかりつけ医に診療の幅についてアンケートを行った。
これまでの先行研究ではへき地の定義や尺度に定まったものがなかったが今回の調査では、金子らが開発したへき地尺度: Rurality Index for Japan: RIJ を使用し、へき地の程度と診療の幅の関連を検証した。
へき地度と診療の幅は関連が強く、へき地の勤務医は入院管理や救急対応に携わっていることがデータで明らかになった。
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図1 「へき地」度と診療の幅の関連 「へき地」尺度が10 上昇した場合の診療の幅の変化を記している。
研究背景
かかりつけ医として多くの問題に対応できるためには、幅広い診療を行う能力が必要となります。諸外国の先行研究では、かかりつけ医による診療の幅が広いことは低い入院率や医療費と関連していました。また、医師側にとっても診療の幅が広いことがバーンアウト(燃え尽き症候群)の少なさと関連しているという報告があります。診療の幅に関連する要因として、性別・経験年数・受けた研修など個人の要因、地域の他の医療機関とのバランスや医療機関の周りの住民の人口構成などの環境要因があります。その中でも他国での研究では「へき地」での診療が最も診療の幅に影響を与えると報告されてきましたが、日本において「へき地」の程度とそこで行われている診療の幅を調査した研究はこれまでありませんでした。図1に本研究における「へき地」度と診療の幅の関連を示しました。
研究内容
本研究では、日本プライマリ・ケア連合学会のメーリングリストに参加している医師会員3,317名からランダムに選出された1,000名を対象として、ウェブアンケートを用いた横断調査を行いました。「へき地」の程度を測定するために、研究参加者が主に診療している医療機関の「へき地」度をRurality Index for Japan(RIJ: 1-100)を用いて測定しました(1が最も都市部、100が最もへき地を表す)。
診療の幅の測定のために、Scope of Practice Inventory(SPI: 0-68点)及びScope of Practice for Primary Care(SP4PC: 0-30点)という二つの尺度を用いました。これはそれぞれ医師が自分の診療について答えるもので、SPIは入院管理、救急対応、外来診療の3つのドメインからなる合計68項目の尺度です。
具体的には入院管理では「頭部CT画像の基本的所見の読影」「終末期患者の家族に対する予測される経過の説明」「脳卒中の初期評価」などの25項目、救急対応では「捻挫の初期治療」「保護者に対する小児の発熱時対応の指導」「傷の縫合」などの27項目、外来診療では「気管支喘息の診断・治療」「血尿患者への適切な対応」「めまいの診断と緊急性の判断」などの16項目からなります。参加者はそれぞれの項目について「実施している」「実施してない」のどちらかを選択します。SP4PCは「新生児の診療」「妊婦の診療」「学校医としての診療」「手術室での手術」「緩和ケア」などの22項目(30点満点に換算)からなり、SPIと同様に「実施している」「実施してない」のどちらかを選択します。これらの項目と性別、医師経験年数、主な診療のセッティング(診療所か病院かなど)、「へき地」診療経験の有無、専門医資格の有無をアンケートで調査し、診療の幅に関連する要因を検証しました。また、最も都市部(「へき地」度1-10)と最も「へき地」(「へき地」度91-100)の地域で、それぞれ80%以上の医師が行っている診療を記述しました。
回答者は299人(回答率29.9%)であり、SPIについては200床未満の病院勤務(診療所勤務との比較)、主な勤務地の「へき地」度が高い医師では診療の幅が広い傾向があり、女性、診療所や病院以外の場所での勤務、経験年数が長い医師では診療の幅が狭い傾向がありました。SP4PCで診療の幅を測定した場合は、主な勤務地の「へき地」度が高い医師では診療の幅が広い傾向があり、診療所や病院以外の場所での勤務、経験年数が長い医師では診療の幅が狭い傾向がありました。このことから、どちらの測定方法で診療の幅を測定した場合も、「へき地」度が高い地域で診療している医師の方が診療の幅が広い傾向にあることが分かりました。(図1参照)
また、最も都市部と最も「へき地」の地域で、それぞれ80%以上の医師が行っている診療を比較したところ、SPIの一部である外来診療の項目では差がなく、入院管理、救急対応及びSP4PCにおいて「へき地」度が高い方がより幅広い診療を行っていることが明らかになりました。最も都市部と最も「へき地」の地域で行われている診療の内容の違いを図2に示します。
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図2. 最も都市部と最も「へき地」の地域で、それぞれ80% 以上の医師が行っている診療の比較
今後の展開
本研究では最も都市部と最も「へき地」の地域で行われている診療を具体的に記述しました。この様に「へき地」度ごとに行われている診療を記述することは実際に行われる診療を知ることに繋がります。また、「へき地」度ごとの診療の幅は「へき地」赴任前に必要な能力を把握することにも役立ちます。「へき地」度ごとに必要な診療の幅を設定し、それぞれの地域の医療資源に合わせて改定したものを作成できれば、赴任前の研修に有用と考えられます。
研究費
本研究は、日本学術振興会 科研費 若手研究(JP20K18847)、横浜市立大学学長裁量事業 第5期戦略的研究推進事業「研究開発プロジェクト」の支援を受けて実施されました。
論文情報
タイトル:Primary care physicians working in rural areas provide a broader scope of practice:
a cross sectional study
著者:Makoto Kaneko, Tomoya Higuchi, Ryuichi Ohta
掲載雑誌:BMC Primary Care
DOI:https://doi.org/10.1186/s12875-023-02250-y
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用語説明
*1 かかりつけ医:本研究ではかかりつけ医の役割を果たしている医師として日本プライマリ・ケア連合学会の会員を対象とした。
*2 へき地:「へき地」という言葉は医療資源の乏しい郡部を指す言葉として行政文書でも用いられており、英語の rural に対応する言葉として本研究では「へき地」「へき地度」という言葉を用いている。ただ、「へき地」も”rural”もネガティブなニュアンスを含んで用いられる場合もあるものの、他に適切な用語が無いため使用されているという側面もあり、その点を鑑みて、本プレスリリースでは「」付きの「へき地」「へき地度」という表現を用いている。