プレスリリース
立教大学寄附型研究プロジェクト*日本曹達(株)**未来テーマプロジェクト研究室(立教大学理学部化学科、箕浦真生教授・菅又功特任准教授・白井昭宏客員教授・天野倉夏樹客員教授らの研究グループ)は、環境調和型分子の創出を目的に研究を行ない、次世代のクリーンなエネルギーとして期待されている水素や温室効果ガスとして知られる二酸化炭素を大量に吸着する物質、Trp-MOFの開発に成功しました(図1)。
この材料を用いることで大型ガスボンベに代わる小型の「分子ボンベ」として応用可能であり、日本曹達(株)と立教大学との産学連携の研究成果として意義があるだけでなく、国際学術雑誌「Chemistry -A European Journal」の注目論文として表紙を飾る分子として掲載され、高い評価を得ております。
【添付@:図1. 本研究の概要図】
*) 立教大学寄附型研究プロジェクト
立教大学では、寄附型研究プロジェクトの設置により、産学連携に伴う協働効果の発現を期待し、また、研究・教育の進展と活性化および技術連携による社会貢献を目的とし、2017年より企業等からの寄附型研究事業を推進。
**) 日本曹達株式会社
2020年に創立100周年を迎えた総合化学会社(阿賀英司社長)。「かがくで、かがやく」を新スローガンとし、農業化学 品、医薬品添加剤、電子材料等の高付加価値化学製品等を製造・販売
1. 研究成果のポイント
【添付A:規則正しく並んだ六角形に効率よくガスを貯めるイメージ】
1) MOFと呼ばれる多孔性材料を用いることでクリーンエネルギーである水素や温室効果ガスである二酸化炭素を大量に吸着する材料を開発しました。
2) トリプチセン配位子と亜鉛イオンが組み合わせで出来上がるTrp-MOFの「ハチの巣」型の自由空間を活用することで大量のガス吸着を可能にしました。
3) 400 ℃以上でも分解しない優れた熱耐久性を示しました。
有機金属構造体、Metal-organic Frameworks (MOF)注1)は、マイクロ孔注2)といわれる非常に小さな細孔を有し、従来の多孔性材料である活性炭やゼオライト注3)をはるかに超える比表面積注4)を持つことから、ガス吸着や分離への応用が期待されています。私たちは、有機配位子として2,3,6,7,14,15-トリプチセンヘキサカルボン酸を合成し、硝酸亜鉛と反応させることで、高い二酸化炭素および水素貯蔵量を誇るMOFの開発に成功しました(図1)。剛直で熱的に安定なトリプチセンと呼ばれる分子を有機配位子に用いることで、開発したMOFも熱に対して優れた安定性を示しました。また、アルキル基やハロゲンによりそのトリプチセン配位子を化学修飾することで、ガス吸着性能をさらに向上させることが出来ました。
2. 研究の背景
地球温暖化を引き起こすとされる温室効果ガスの中で最も影響度が高い物質が「二酸化炭素」です。工場などの排気ガスから二酸化炭素を分離・回収する技術の開発が必要とされています。しかしながら現在工場などで使用されている分離膜は、その原理が化学吸着であるために二酸化炭素の回収に大きなエネルギーを必要とします。そのため、回収にほとんどエネルギーを必要としていない物理吸着による二酸化炭素の分離・回収技術が求められています。また、そのような温室効果ガスを一切排出しないクリーンなエネルギー源として「水素」の活用が盛んに研究されています。しかし、水素の安全な貯蔵、運搬方法のついてはまだ解決すべき課題が残されています。中でも燃料電池車などの水素ガスを燃料とする機械や装置の実用化に向けて、安価で軽く、安全に取り扱うことのできる水素貯蔵材料の開発が切望されています。従来の水素貯蔵材料は、NaAlH4, LiAlH4などの金属水素化物やLiNH2に代表される金属アミドであり、いずれも水分に敏感であり水素ガス発生に過激な条件が必要であることなどから使用環境は限られていました。
最近、これらガス類の高効率な吸着物質として高い注目を集めている材料が、多孔性の金属有機構造体、いわゆるMetal-organic Framework (MOF)です(図2)。MOFはスポンジのような性質を有し、ガス類を物理的に吸着することから、圧力や温度変化のみで容易にガスを吸脱着できます。そのため、分離膜や安全なガス貯蔵物質としての応用が期待されています。
【添付B:図2. Metal-organic Frameworksの合成および構造】
3. 研究成果
剛直な骨格をもつトリプチセンは高い熱安定性を有するため古くから有機材料や超分子の分野で広く用いられてきました。トリプチセンを構成するベンゼン環同士がつくる自由空間(図3左)が細孔を形成しやすいことから、有機配位子としてトリプチセンを利用したMOFも報告されており、それらが高い熱および水安定性、高い比表面積値を示しています。また、トリプチセンの作る自由空間は水素分子と適度に相互作用するという計算結果も報告されており、トリプチセンを用いた水素貯蔵材料の開発が期待されています。そこで我々はトリプチセン配位子の合成を行ない、それを用いるMOFの開発と水素貯蔵量について研究を行いました。トリプチセンの周縁部に6か所の配位部位を有する有機配位子、Trp配位子およびそれを拡張したPET配位子をそれぞれ合成し、硝酸亜鉛六水和物との反応により対応するMOF、Trp-MOFおよびPET-MOFをそれぞれ合成しました(図3)。
単結晶X線回析の結果、それぞれのMOFは細孔サイズが5オングストローム程度異なるのみの同形の構造を有していました。その構造はハニカム(ハチの巣)状の細孔が交互に積層した構造でした。それぞれのMOFの77 Kでの窒素吸着実験では、Trp-MOFとPET-MOFとはおよそ3倍の吸着量の差が見られましたが、同条件における水素貯蔵量を比較するとほぼ同程度であることがわかりました(図3)。窒素吸着量には3倍の差があるにもかかわらず水素吸着量は同程度であったことを鑑みますと、Trp-MOFの作る比較的小さな細孔が水素吸着に効果的であると考えられます(図4)。
官能基導入のガス吸着への影響を調査するため、いずれの配位子においてもトリプチセンの橋頭位にブロモ基を導入した配位子を合成し、同様の手法でTrp-MOF-BrおよびPET-MOF-Brをそれぞれ合成しました。窒素吸着実験ではいずれのMOFも窒素吸着量が低下しましたが、Trp-MOF-Brの水素貯蔵量はTrp-MOFに比べ増加していました。これはPET-MOFでは見られない現象で、細孔サイズの小さいTrp-MOFでは官能基導入に影響されやすく、水素貯蔵量が増加したと期待しています。
室温での二酸化炭素吸着実験をそれぞれのMOFを用いて行いました。二酸化炭素吸着でもTrp-MOF-BrおよびTrp-MOFが優れた吸着性を示し、大きな細孔を有するPET-MOFの3倍程度の高い吸着性を示しました。また、トリプチセンの優れた熱安定性の影響により、Trp-MOF、PET-MOFともに400 °Cでも分解しない極めて高い熱安定性を有していました。この結果は、これらのMOFが過酷な条件下でも使用ができることを示しています。
【添付C:図3. トリプチセン配位子とMOFの構造】
【添付D:図4. 窒素、水素、二酸化炭素の吸着実験】
4. 社会貢献性・波及効果
二酸化炭素吸着物質は、工場や自動車の排気ガスの浄化への利用が期待されています。本研究において開発した物質は、容易に手に入る材料を用い、簡便な方法により合成でき、二酸化炭素を大量に吸着できることから、「環境清浄材料」としての活用が期待できます。また同様に、水素についても優れた貯蔵能を示したことから、安価で安全・軽量な「水素貯蔵材料」として水素社会形成の一助になると期待できます。
5. 今後の展開
本研究では、トリプチセンが作る自由空間を利用することで大量に二酸化炭素や水素を貯蔵できるMOFの合成を達成しました。ガス吸着にはガスの種類に応じた適切な細孔が必要であり、剛直なトリプチセン分子を活用することで様々なサイズの細孔を形成できるようになりました。今後は、金属種の変更やさらなる化学修飾を行い、より高いガス貯蔵能を目指していきます。
本学理学部に設置した産学連携「未来テーマ研究プロジェクト」においては、標的分子の選定と合成、MOFの合成、ガス吸着能の評価、得られたMOFの結晶構造解析による分子デザインの検討をプロジェクトグループ内で行なっており、迅速な研究意思決定と実行・検証とフィードバックが可能です。産学連携プロジェクトとして、環境調和型分子の創製を行い、従来困難であるとされている水素ガスなどの貯蔵材料開発を化学の力を使って挑戦し、クリーンエネルギー利用の側面からも社会実装へ展開する予定です。
6. 用語解説
注1) Metal-organic Framework (MOF): 有機配位子と金属イオンから構成され、有機金属構造体とも呼ばれる配位性高分子の総称。
注2) マイクロ孔: 多孔質材料がもつ微細な空孔のうち、直径2 nm以下のもの。2-50 nmの細孔をメソ孔、50 nm以上をマクロ孔という。
注3) ゼオライト: 結晶性アルミノケイ酸塩の総称。天然の鉱物として発見され、現在では様々な細孔サイズや細孔形を有するものが合成されている。
注4) 比表面積: ある物質の単位質量(g)あたりの表面積(m2)のこと。
7. 論文情報
<タイトル>
Zn-based Metal-Organic Frameworks Using Triptycene Hexacarboxylate Ligands: Synthesis, Structure, and Gas-Sorption Properties
<著者名>
Koh Sugamata, Shoko Yamada, Daichi Yanagisawa, Natsuki Amanokura, Akihiro Shirai, and Mao Minoura
<掲載学術誌>
Chemistry -A European Journal
<DOI>
https://doi.org/10.1002/chem.202302080
8. 参考文献
J. L. C. Rowsell, A. R. Millward, K. S. Park and O. M. Yaghi, J. Am. Chem. Soc., 2004, 126, 5666-5667.
9. 発表者
立教大学理学部教授・箕浦真生
▼本件に関する問い合わせ先
立教大学総長室広報課
メール:koho@rikkyo.ac.jp
【リリース発信元】 大学プレスセンター https://www.u-presscenter.jp/