プレスリリース
駒澤大学(東京都世田谷区/学長:各務洋子)総合教育研究部自然科学部門の高橋博之准教授が参加する国際研究チームは、東アジアVLBIネットワークをはじめとする観測装置を用いて、楕円銀河M87の中心から噴出するジェットの運動を詳しく観測した。過去20年以上にわたって得られた多数の画像を分析しまとめた結果、ジェットの噴出方向が約11年周期で一般相対性理論が予言する歳差運動(首振り運動)をしていることを発見した。本成果は、M87の巨大ブラックホールが自転(スピン)していることを強く示すとともに、強力なジェットの発生にブラックホールの自転が深く関与していることを裏付けるものとなる。
宇宙に存在する多くの銀河の中心には、太陽の数百万倍から百億倍の質量をもつ巨大ブラックホールが潜んでいると考えられている。その一部は非常に活動的で、ジェット(※1)と呼ばれるビーム状のガスを噴出し、「活動銀河核(※2)」として輝いている。こうした巨大ブラックホールの性質やジェットの形成メカニズムは未だ多くの謎が残されており、天文学の最前線のテーマのひとつである。
地球から5500万光年の距離にある楕円銀河M87は最も代表的な活動銀河核の1つであり、2019年にはイベント・ホライズン・テレスコープ(EHT ※3)によって太陽65億個分の質量を持つ巨大ブラックホールが撮影された天体として知られる。2023年4月には、グローバルミリ波VLBI観測網(GMVA ※4)によって巨大ブラックホールを取り巻く「降着円盤(※5)」と呼ばれるガス円盤の様子も明らかになった。
こうした観測は、活動銀河核の究極のエネルギー源が巨大ブラックホールと降着円盤であることを決定づけるとともに、これらがジェットの形成にも関係していることを示唆するものだった。
一方、研究者の間では「M87の巨大ブラックホールは自転(スピン)をしているかどうか?」という疑問が引き続き大きな関心事として議論されていた。アインシュタインの一般相対性理論によると、自転は質量とともにブラックホールの基本的性質(及び周囲の時空構造)を決める最も重要な要素である。また、近年の理論研究から、強力なジェットの駆動にはブラックホールの自転エネルギーが必要であることが提唱されていた。
しかしながら、ブラックホールの大きさや周囲の星の運動などから比較的測定しやすい質量とは対照的に、自転の有無を観測から見極めることは容易ではない。
研究チームは今回、東アジアVLBIネットワーク(East Asian VLBI Network:EAVN ※6)及び米国の電波望遠鏡ネットワークによって得られた観測データを中心に、過去20年以上に渡って蓄積された170枚にも及ぶM87ジェットの電波画像を分析し、その形状が変化する様子を詳しく調査した。その結果、ジェットの噴出方向が約11年のサイクルで周期的に変化していることを発見した。
先行研究では、M87ジェットが噴出方向に対して横方向に揺れる「謎の横揺れ」現象(※7)の存在が示唆されていたが、その原因や周期の有無についてはよく分かっていなかった。
その原因を突き止めるため、研究チームはさらに国立天文台水沢に設置された天文学専用スーパーコンピュータ 「アテルイII(※8)」を用いた理論シミュレーションを行い、観測結果の考察をした。その結果、観測された11年周期のジェット振動は、自転するブラックホールが周囲の時空を引きずることで生じる「レンズ-シリング歳差(※9)」と呼ばれる運動でうまく説明できることがわかった。
本研究は、M87の巨大ブラックホールが自転していることを強く裏付けるものとなる。同時に、ジェットの形成に自転が深く関与しているという理論(※10)を強く支持するものであり、長年研究者を悩ませてきた難問の解決に大きく前進する成果である。
本研究の筆頭著者であり、大学院生時代に国立天文台水沢VLBI観測所で研究を行ったZhejiang Lab(之江実験室)の崔玉竹(ツェイ ユズ)研究員は、「この発見をした時は身震いした。1〜2年分のデータを分析するだけでも大変だが、それだけでは決して捉えることができなかった変化。20年以上にもわたる気の遠くなるほどの膨大なデータを1つ1つ丁寧に分析することが今回の新たな発見につながった」と語っており、研究チームは引き続きM87ジェットの観測を続けている。
この国際研究プロジェクトにおいて、高橋准教授はジェットの噴出方向が歳差運動する原因を突き止めるため、ブラックホールとその周囲のガスの運動を解く一般相対論的磁気流体シミュレーションコードの開発を行った。
(※1)ジェット
巨大ブラックホールの近傍から噴出する、高速のプラズマガスの流れのこと。光速の90%以上もの速度を持ち、細く絞られた形状を保ったまま、銀河の外まで伸びていることが大きな特徴。ジェットは1918年にM87銀河の中心から「不思議な光の矢」として発見された。どのように巨大ブラックホールの重力を振り切り、ジェットが形成され、光速度近くまで加速されるのか、その解明が天文学の大きな課題となる。
(※2)活動銀河核
銀河の中には、中心核の小さい領域が非常に明るく輝くものがある。これを活動銀河と呼ぶ。中心には巨大ブラックホールがあり、そこに吸い込まれていくガスや逆に噴出するジェットが明るく輝くと考えられている。
(※3)EHT
EHT(Event Horizon Telescope)は、主に波長1.3mm帯で行われる地球規模のVLBIネットワークの名前。2019年にはM87、2022年には天の川銀河中心について、EHTによって撮影された巨大ブラックホール画像が公開された。2023年現在、チリのアルマ望遠鏡を含む世界9箇所11台のミリ波望遠鏡がEHTのネットワークに参加している。
(※4)GMVA
GMVA(Global Millimeter VLBI Array)は、波長3.5mm帯で行われる地球規模のVLBIネットワークの名前。2023年現在、チリのアルマ望遠鏡を含む世界23台のミリ波望遠鏡がGMVAのネットワークに参加している。
(※5)降着円盤
中心にある重たい天体に向かってガスが引き寄せられて落下することを降着と言う。通常、ガスは回転運動を伴いながら中心の天体へと落下していく。このとき、遠心力によりガスは扁平な構造になっていき形成されるのが降着円盤である。特にブラックホール周囲の降着円盤ではブラックホール近傍の重力エネルギーが解放され、莫大なエネルギーの磁場や光のエネルギーに変換される。降着円盤で増幅された磁場はブラックホールへと運ばれることで、ジェット形成に大きな役割を果たしていると考えられている。また、莫大なエネルギーが光として放たれることで、降着円盤を伴う巨大ブラックホールは活動銀河核として観測されている。
(※6)EAVN
EAVN(東アジアVLBIネットワーク)は、日本・韓国・中国・タイをはじめとする東アジア・東南アジア地域の電波望遠鏡で構成される国際VLBIネットワーク。2023年現在、計16台の電波望遠鏡がネットワークに参加しており、4.5cm帯・1.3cm帯・7mm帯の3つの観測バンドを中心に運用されている。最大基線長は中国ナンシャン-小笠原間の5100km。本研究で行った観測には、計13台の電波望遠鏡(水沢、入来、小笠原、石垣、日立、高萩、野辺山、ソウル、ウルサン、タンナ、セジョン、上海、南山)が参加した。また、一部のEAVN観測にはイタリア(メディチーナ、ノート、サルディーニャ)及びロシア(バダリー)の電波望遠鏡も合同観測に参加した。
(※7)
ジェットの噴出方向に沿った方向に流れの様子が変化することは、以前からよく知られていた。
(※8)スーパーコンピュータ「アテルイII」
国立天文台天文シミュレーションプロジェクトが運用する、天文学専用のスーパーコンピュータ。理論演算性能は3.087ペタフロップス(1ペタは10の15乗、フロップスはコンピュータが1秒間に処理可能な演算回数を示す単位)で、天文学の数値計算専用機としては世界最速となる。岩手県奥州市にある国立天文台水沢キャンパスに設置されており、平安時代に活躍したこの土地の英雄アテルイにあやかり命名された。「勇猛果敢に宇宙の謎に挑んで欲しい」という願いが込められている。
(※9)レンズ-シリング効果/歳差(Lense-Thirring効果/歳差)
自転する天体(ブラックホールや地球など)の周囲では、一般相対性理論的な効果により、天体の自転に引きずられて時空そのものが回転する。この時空の引きずり効果をレンズ-シリング効果と呼ぶ。このレンズ-シリング効果によって起こる歳差運動がレンズ-シリング歳差である。歳差運動とは物体の回転軸がすりこぎのように円を描きながら揺れる現象のこと。降着円盤の場合、降着円盤の回転軸とブラックホールのスピン軸が傾いているときにこの現象が起こる。
なお、レンズ-シリング歳差はブラックホールのような極限的な強重力天体に限らず、地球のような弱い重力天体の自転によっても起こる。例えば2000年代にはNASAとスタンフォード大学により打ち上げられた衛星「gravity probe B」に搭載されたジャイロスコープによって、地球の自転による微弱な時空の引きずりによる歳差運動の様子が理論予測の15%の範囲内で検証された。そして今回のM87の観測では、ブラックホール周囲の重力場による極めて強力な時空の引きずり効果とレンズ-シリング歳差について、これまでで最も強い証拠を示すことに成功した。
(※10)ブランドフォード-ズナエック機構(Blandford-Znajek機構)
相対論的ジェットの加速機構は、ジェットがM87で初めて観測された1918年から100年たった現在も解明されていない。現在のところ、加速機構の最有力候補となっているのがブランドフォード-ズナエック機構である。これは、ブラックホールの自転のエネルギーを磁場を介して引き抜く機構で、光速の99%以上にまでジェットを加速する可能性が高いことが理論的に示唆されている。ブラックホールが自転していることが必要になるので、天体の自転を必要とするレンズ-シリング歳差の証拠を今回の観測により掴んだことで、ブランドフォード-ズナエック機構が起きている可能性が高いことが裏付けられた。
■論文情報
この研究成果は、Cui et al. ''Precessing jet nozzle connecting to a spinning black hole in M87'' として、英国の科学雑誌『ネイチャー』に2023年9月27日付で掲載された。日本を含む世界から45の研究機関、79名の研究者による国際共同研究成果である。
・DOI:10.1038/s41586-023-06479-6
・URL:https://doi.org/10.1038/s41586-023-06479-6
■国内の共同発表機関
自然科学研究機構 国立天文台、東京大学 宇宙線研究所、総合研究大学院大学、工学院大学、大阪公立大学、茨城大学、山口大学、筑波大学、東洋大学、駒澤大学
■謝辞
この研究は、文部科学省/日本学術振興会科学研究費補助金(No. JP18H03721、JP19H01943、JP18KK0090、JP21H01137、JP21H04488、JP22H00157、JP18K13594、JP19H01908、JP19H01906、JP18K03656、JP19KK0081)、文部科学省スーパーコンピュータ「富岳」成果創出加速プログラム「シミュレーションとAIの融合で解明する宇宙の構造と進化」(JPMXP1020230406)、他、国際的な支援を受けて行われた。すべての支援機関については、論文謝辞を参照。
■研究内容に関する問い合わせ
駒澤大学総合教育研究部自然科学部門 准教授 高橋博之
▼本件に関する問い合わせ先
総務部 総務広報課 広報係
住所:〒154-8525 東京都世田谷区駒沢1-23-1
TEL:03-3418-9828
メール:koho@komazawa-u.ac.jp
【リリース発信元】 大学プレスセンター https://www.u-presscenter.jp/