プレスリリース
バブルが崩壊した1989年以降の高値を更新するなど、2023年は日本株市場が大きく上昇しています。何が今回の上昇をもたらしたのかを考察し、東京証券取引所(以下、東証)が企業価値を高めることを要請した背景などについてご説明します。
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竹爪 正樹
日本株式ファンドマネジャー
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荒井 卓
日本株式運用
副責任者
バブルが崩壊した1989年以降の高値を更新するなど、2023年は日本株市場が大きく上昇しています。何が今回の上昇をもたらしたのかを考察し、東京証券取引所(以下、東証)が企業価値を高めることを要請した背景などについてご説明します。
2023年、これまで日本株は大きく上昇し、5月には主要な株式指数であるTOPIXと日経225は共に1989年以来となる水準まで上昇し、6月には更に高値を更新しました。
日本株の上昇は日本円ベースでは他の先進国市場を上回っていますが、円安の進行により、海外投資家の実質リターンは相対的に小さくなっています。その中でも、海外投資家の日本株買いが4月以降の上昇を支えたのは事実です。
図表1:日本株は急騰しているが、円安の進行が重荷
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海外投資家による日本株に対する投資意欲が高まった背景は何でしょうか?当社では、主に2つの要因がこのモメンタムをもたらしているものと考えます。
一つ目は、景気サイクルの観点です。新型コロナウィルスのパンデミックからの日本における経済活動の再開は欧米諸国に対し出遅れました。一方で、これにより、日本の株式市場全体の魅力的なバリュエーションに加えて、今年度の日本企業による利益成長に対する確信度が高まっていると考えられます。
二つ目に重要な点としては、企業の構造的な変化・進展が挙げられます。きっかけは東証が今年、全上場企業に対して持続的な成長の達成と企業価値の増大に注力するよう要請したことです。この要請は特に、株価純資産倍率(PBR)が1倍を下回る企業に向けられました。
株価純資産倍率(PBR)とは何か?何故重要なのか?
株価純資産倍率(PBR)は財務指標であり、企業の株価とその1株当たり純資産を比較するものです。1株当たり純資産は、企業の資産から負債を差し引いたもの(=純資産)を発行済株式数で除したものになります。
もし、企業のPBRが1倍を下回っていれば、市場による評価が企業の資産価値を下回っていることを意味します。企業財務の理論では、企業が資本コストを上回る、より高い自己資本利益率(ROE)を達成すれば、その企業のPBRはより高いものになるとされます。
基本的に、1倍割れのPBRは、投資家がその企業の将来的な収益性や成長力に大きな疑問を抱いていることを示しており、よって東証は、企業に対して資本コストを計測・管理すると同時にROEを高めるべきである、と特に指摘しています。
これらのことは、正に世界中の投資家が企業経営陣に伝えたかったトピックであり、ようやく日本企業によって公に認識されたものと考えます。
実際、多くの日本の上場企業のPBRは1倍を割れています。これは、もしこれら企業が投資家の確信度を高めることができれば、企業に対する評価が見直される可能性があります。
図表2:TOPIX構成銘柄におけるPBR分布
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東証は企業に対して、資本コストと株価を重視することによって再評価されるための計画策定を要請しました。企業は、年内に改善に向けた計画を公表し、毎年更新することが期待されます。
企業はどのようにしてPBRを向上させるか?
企業がPBRを向上させるためには多くの方法があります。東証の企業に対する要請には、特に「知的財産や、持続可能な成長に寄与する無形資産の創造をもたらすR&D(研究開発)や人材投資といった取組の推進、機器や設備への投資、事業構成の再編」などの施策が含まれます。
その他としては、配当や自社株買いといった株主還元策によって株主リターンを高める施策を示します。
幸い、日本企業はこれらの施策の全てあるいは一部を行うことができます。日本企業における「ネット・キャッシュ(貸借対照表上の現預金が有利子負債よりも多い)」状態の企業の割合は50%を占めており、これらの企業には事業に投資をする、株主還元を高める、あるいはその両方を行える余力があります。
図表3:日本企業の50%はネット・キャッシュであり、投資や株主還元余力がある
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既に、多くの日本企業が東証の要請を聞き入れ、株主還元を拡大しているという、望ましい兆候が表れています。例えば、5月から6月の日本の年度決算報告において、多くの事例が見られ始めていることです。
2023年3月に終了した昨年度において、企業が発表した自社株買いの総額は過去最高となり、過去2年度を上回る水準でした。
図表4:日本でより一般化する自社株買い
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また、より積極的な配当方針を含む新たな中期事業計画の公表も見られます。特に、このようなケースは、建設や化学など伝統的業種の中小型株においても多く見受けられます。バランスシート上の待機資金を使って、利益の100%を配当として払い出すことを決めた企業もあります。これらの企業の取り組みは、アクティビスト投資家の企業に対するエンゲージメントと関連する傾向にあります。こういった動きもまた日本では増加しており、企業ガバナンス再構築の動きをサポートしております。
コロナショック後の経済再開も日本株を押し上げる
PBRを高めるという東証の企業に対する要請だけが、今年の株価上昇を支える唯一の要因ではありません。パンデミック後の経済再開が後ずれしたことがもう一つの循環的な要因であると考えられます。
日本は欧米よりもずっと長期間に渡り、パンデミックに係る何らかの規制下にありました。日本が外国人観光客受入れをようやく再開したのは2022年10月であるほか、国内旅行についても回復しています。これによって旅行、レジャー、及びホスピタリティといった業種における小規模で国内事業が中心の企業も恩恵を得ることができると考えます。
別の重要なポイントは、中国のパンデミックに係る規制の解除が日本よりもさらに遅れたことです。中国向け事業は日本企業にとって重要であり、中国からの観光客についても、日本の全外国人観光客において非常に多くの割合を占めています(2019年は全観光客の3分の1)。したがって、パンデミック後の中国の経済再開は、今年の日本株に更なるポジティブな影響を及ぼすと思われます。
歓迎されるインフレの再来
勿論、パンデミックからの経済活動再開による恩恵は一時的なものです。一方で、この日本の回復をサポートする他の長期的要因もまた存在しています。
インフレの再来もこれら要因の一つです。30年間続いた低インフレ、あるいはデフレの期間を経て、現在の穏やかなインフレは日本にとって非常に歓迎されるものです。デフレによって企業や消費者は、投資を先延ばしにしたり、消費を控える傾向があります。もし明日、同じものの価格がより安くなるのであれば、現在の価格で購入する理由はないからです。反対に、緩やかなインフレは、企業に将来への投資に対する自信を与え、消費者にも支出を促す傾向があります。
今、日本はもはや負のデフレ・スパイラルではなく、企業による投資の増加、賃金上昇、それに伴う消費支出の増大が持続する局面に入ってきていると期待されます。
図表5:日本のインフレ率(消費者物価指数)
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消費者にとっての問題は、賃金上昇が今回のインフレと同様のペースを維持できるかどうか、つまり消費者の購買力が低下するか否か、であると思います。今年の春闘ではポジティブな兆候が見られ、大手企業では過去30年間で最大となる4%近くの賃金引上げが合意されました。対象となる企業は限られているものの、企業が賃金引上げを行うためには、今後の事業見通しに対する確信度が高まる必要があるため、その他の企業についても同様の好循環が期待されます。
もう一つの要因は、今年の株価上昇を経た今もなお、過去の推移や他の株式市場と比較し、日本株がまだ割安と考えられることです(バリュエーションの解説については巻末の用語解説をご参照ください)。
図表6:日本株は引き続き割安な市場の一つ
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上記の全てが、日本株は今年、投資家にとって魅力的な投資対象であることを示唆していると考えられます。実際、4月に、著名な投資家であるウォーレン・バフェットが日本株への投資を引き上げる意向であると報道されるなど、海外投資家は日本の株式市場を再評価しているように見受けられます。
上昇が期待される小型株
今後、市場で「勝ち組」となる可能性があるのは小型株であると強調しておきたいと思います。理由の一つは、今後、経済再開から恩恵を受けるであろう国内サービス・セクターとの関連性が高いことです。
また、パンデミック時における投資行動のトレンドが解消されてつつあることも要因となります。パンデミックによる不透明感から、株式投資家は相対的にリスクが小さいと考えられる大型株に逃避する傾向がありました。しかし、経済環境が改善し、日本への投資意欲が新たに高まったことで流動性は上昇し、小型株に恩恵がもたらされると考えられます。
直近の日本株上昇は大型株主導であり、大型株と小型株とのバリュエーション格差は2023年に入ってに拡大しました。主な理由としては、海外投資家が指数先物や流動性のある大型株を購入していたことが挙げられ、小型株のバリュエーションは未だ割安のままです。PBRで見た場合、これまで日本の小型株は、概ね大型株よりも低く評価されており、東証の要請や投資家のエンゲージメントによって、PBRが改善する余地は相対的に大きいと考えます。
全体として見れば、短期の景気サイクルによる側面と長期的な構造変化の側面の双方が、日本株の見通し、特に小型株に対する期待を高めることに繋がっていると考えています。
<用語解説>
CAPE倍率
景気サイクル調整後株価収益率(CAPE)は、実績PER(下記参照)が過去12ヵ月間の利益によって左右されるため、景気変動による影響を考慮した上で株価水準を評価する際に用いられる指標です。具体的には、過去10年間の平均利益と株式市場の価値あるいは価格の比較を行います。
予想株価収益率(PER)
予想株価収益率あるいは予想PERは、今後12ヵ月間の全企業の合算利益によって株式市場の価値あるいは価格を除したものです。数値が低いほど割安であると考えられます。
実績株価収益率(PER)
予想PERと似ていますが、代わりに過去12ヵ月間の利益を用いますので、将来予測は含まれていません。しかし、過去12ヵ月間のデータを使用するので、今後の予想においては適切でない可能性があります。
株価純資産倍率 (PBR)
企業の純資産とは、ある時点において、その資産から負債を控除した価値(=純資産価値)になります。市場全体に対しては、純資産価値に対する株式市場の価値、あるいは価格の評価として使用することができます。
配当利回り
配当利回りは、合算した配当額を株式市場の価値あるいは価格で除したものです。配当は、会計上の概念である利益とは対照的に、投資家に実際に支払われたキャッシュであるため、信頼性のより高いバリュエーション指標であると思われます。
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