プレスリリース
―横浜市の結婚・子育て世代への大規模アンケート調査より報告―
横浜市立大学大学院国際マネジメント研究科の原広司准教授らの研究グループは、横浜在住の結婚・子育て世代1万世帯を対象とした大規模なアンケート調査(ハマスタディ)を実施し、調査結果より、フルタイム勤務の夫婦における家事・育児時間、Well-being*1との関係、家事の外部化・自動化と家事時間との関係などを明らかにしました。
本調査は、5年間に渡る大規模なコホート研究*2であり、横浜市をはじめとした都市型の少子化の要因を家庭と子育ての観点から継続的な調査によって明らかにすることを目的としています。研究成果によって、家庭と子育ての現状の把握とともに、子育てしやすいまち、政策づくりへの提言につなげます。
本研究のプロトコルは、プレプリントサーバーのResearch Squareに投稿し、公開されました。(5月5日オンライン)※本報告では、夫婦の家事時間と育児時間に焦点をあてた分析結果を中心にご報告します。
研究成果のポイント
横浜市在住の結婚・子育て世代を対象にした5年間(2022年度〜2026年度)にわたる1万世帯を対象とした大規模なコホート調査
フルタイムで働く妻の平日の家事時間はこどもがいない家庭で1.8時間に対し、こどもができると2.2〜2.5時間に増加。夫はこども数と家事時間に関連がみられず、妻の家事時間のおよそ半分だった。
家事の外部化・自動化を通じて家事時間を削減できる可能性が示唆された。
妻の家事時間とWell-beingには負の相関がみられた。
理想こども数と実際のこども数(将来の予定こども数を含む)とのギャップはおよそ0.27人〜0.36人少ない傾向だった。
研究背景
日本では少子化が加速しており、人口はより減少していくことが予想されています。その背景には、経済状況、価値観や社会の変化などの様々な要因が存在します。社会の担い手であるこどもが減ることは、社会に対して中長期的に大きな影響を及ぼすことが想定されます。国や地方自治体は、こどもや親を支える政策、活動を実施しており、最近ではこども家庭庁が設立されました。社会全体で少子化対策への関心が高まっています。
しかしながら、こうした政策や活動が実際に市民の暮らしや子育てを良くしているのか、こどもを望む人がその望みを叶えられる社会になっているのか、あるいはこどもを望まない人も納得のいく社会になっているのか、といったことは十分に検証されていない現状があります。また、こども数に着目するだけでなく、夫婦のWell-beingも重要な観点ですが、こうした点はほとんど議論されていません。
今回、横浜市民の実情を把握し、政策や活動の評価を行い、世の中に発信することを目的として本研究(ハマスタディ)を実施することにしました。ハマスタディとは「家庭と子育てに関するコホート研究」の通称で、”‘HAMA =‘H’aving ‘A’ Baby, parenting, and ‘MA’rrige life”から名付けました。
本調査は横浜市在住の結婚・子育て世代を対象に実施するものでありますが、同じような特徴をもつ国内外の都市においても、本研究成果がその課題解決に役立つことを目指しています。
研究内容
@回収結果
横浜市在住の結婚・子育て世代(妻が20歳〜39歳)1万世帯の夫婦2万人を対象に、2023年1月から調査票を送付、回収しました。その結果、3272世帯、5458件の回答が得られました(世帯の回収率32.7%、女性の回収率27.0%、男性の回収率25.4%)。特筆すべき点として、通常の調査では低くなりやすい男性の回答率が本調査では高く、また、夫婦双方の回答も多く寄せられた点です。夫婦の回答が得られたことで、夫婦間の差異や特徴などを検証することが可能です。
さらに、自由記述欄(横浜市の暮らしや子育てに関する意見や要望)の記入数は3,000件を超え、全体の回答者の5割以上にのぼりました。少子化・子育て政策への関心の高さがうかがえました。
Aフルタイム*3で勤務する方の平日の家事・育児時間(図1, 図2)
フルタイムで勤務する方について、性別・こども数別の平日家事時間と一日当たりの平日労働時間を算出しました(女性:n=630、男性:n=1967,※nは、分析に用いたサンプル数を指します)。女性はこどもなしの世帯に比べて、こどもありの世帯で平日家事時間は0.4〜0.7時間増加し、労働時間は0.3〜0.5時間減少していました。一方で、男性はこども数による家事時間および労働時間の変化はみられませんでした。この結果から、家事時間の増加分は主に女性が担い、労働時間を減らして家事時間に充てている可能性が示唆されました。
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(図1)フルタイム勤務者の性別・こども数別の平日家事時間と労働時間
同様に、平日の育児時間を算出しました。その結果、こどもができることで女性は3.3〜3.8時間、男性は1.7〜1.8時間の育児時間を要していることがわかりました。女性は男性に比べて約2倍の育児時間を費やしていることが明らかになりました。
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(図2)フルタイム勤務者の性別・こども数別の平日育児時間と労働時間
夫婦がフルタイム勤務の家事・育児時間の関係(図3, 図4)
夫婦双方が回答し、かつフルタイムで共働き世帯のデータ(n=201)を用いて、夫婦の家事時間、育児時間の関係を分析しました。妻の家事時間と夫の家事時間には負の相関関係がみられました(r=-0.17, P=0.02)。つまり、妻の家事時間が増えれば夫の家事時間が減り、夫の家事時間が増えれば妻の家事時間が減る関係が確認されました。ただし、妻の家事時間に比べて夫の家事時間は総じて短い傾向にありました。
一方で、育児時間では夫婦間での相関関係は確認されませんでした(r=-0,07, P=0.30)。家事に比べて育児は夫婦で関わり合い、互いの育児時間を補完しているものではないことが示唆されました。
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(図3)夫婦ともにフルタイム勤務の妻の家事時間と夫の家事時間
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(図4)夫婦ともにフルタイム勤務の妻の育児時間と夫の育児時間
家事の外部化・自動化(図5)
お惣菜などを利用する家事の外部化、あるいは家電製品の進化による家事の自動化は広く一般に普及しています。本調査では、食洗器、ロボット掃除機、全自動ドラム乾燥機、電気調理鍋、お惣菜(週1回以上)の利用状況を把握し、これらの導入数ごとの女性の平日家事時間を比較しました(n=2699)。その結果、導入数が多いほど、家事時間が減少する傾向がみられました(r=-0.03, P=0.03)。この結果から、これらのサービスや家電の利用は女性の家事時間の削減に寄与する可能性が示唆されました。
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(図5)家事の外部化・自動化の導入数と女性の平日家事時間
Dフルタイム勤務者の妻の平日の家事・育児時間とWell-beingとの関係(図6, 図7)
フルタイム勤務をする妻の平日の家事・育児時間とWell-beingの関係を検証しました(n=201)。その結果、妻の家事時間が長くなるにつれて、Well-beingは悪化する傾向がみられました(r=-0.14, P=0.04)。一方で、育児時間とWell-beingではこうした関係は確認されませんでした(r=0.002, P=0.97)。この結果から、妻のWell-beingに対して家事時間が関連している可能性が示唆されました。
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(図6)妻の家事時間とWell-beingの関係
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(図7)妻の育児時間とWell-beingの関係
E妻の勤務状況と理想こども数とのギャップ(図8)
妻の勤務状況を専業主婦、有職(フルタイム以外)、有職(フルタイム)の3つに区分し、「現在+予定こども数」、「理想こども数」、「理想こども数とのギャップ」を算出しました(n=1195)。なお、夫はいずれのカテゴリーでも有職(フルタイム)がほとんどだったため、区分はしていません。専業主婦の場合の理想こども数とのギャップは-0.28、有職(フルタイム以外)は-0.27、有職(フルタイム)は-0.36となり、有職(フルタイム)でギャップが大きい傾向にありました。ただし、統計的な有意差は認められませんでした(P=0.154)。
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(図8)妻の勤務形態別のこども数
今後の展開
ハマスタディ研究は、2022年度から2026年度までの5年間にわたるコホート調査です。本結果は1年目のWave1の調査結果であり、2023年度中にWave2、2024年度以降もWave3〜5と継続して実施、分析を行います。Wave2以降は、政策の変化や各家庭の変化などを捉え、その変化と各指標との関連を明らかにします。本調査の結果は横浜市にもフィードバックし、今後の政策等の検討に活用していただく予定です。
研究体制
本研究では、学部・学科を横断し、協働で研究を行っております。
研究代表者:
国際商学部・国際マネジメント研究科・准教授 原広司
研究分担者:
国際商学部・データサイエンス研究科・教授 黒木淳
国際商学部・国際マネジメント研究科・教授 白石小百合
国際マネジメント研究科・特任教授 松村眞吾
医学研究科発生生育小児医療学・教授、小児科医 伊藤秀一
産婦人科診療教授・周産期医療センター長、産婦人科医 倉澤健太郎
医学研究科看護学専攻地域看護学・医学部看護学科 地域看護学・教授、保健師 有本梓
国際マネジメント研究科 共同研究員 松崎陽平(横浜市立市民病院小児科長、小児科医)
研究費
本研究は、横浜市と連携協定を締結して取り組みを進める「家庭と子育てに関するコホート研究(ハマスタディ)」の一環として行われ、横浜市立大学 学長裁量事業 学術的研究推進事業「YCU未来共創プロジェクト」および横浜市立大学 創立100周年記念事業募金「新たな研究創生プロジェクト」の支援を受けて実施しました。
※横浜市発表の記者発表資料URL:https://www.city.yokohama.lg.jp/city-info/koho-kocho/press/kodomo/2023/0712hamastudy.html
論文情報
タイトル:Evaluation of planned number of children, the well-being of the couple, and associated factors in a prospective cohort in Yokohama (HAMA study): study protocol
著者:Koji Hara, Makoto Kuroki, Sayuri Shiraishi, Shingo Matsumura, Shuichi Ito, Kentaro Kurasawa, Azusa Arimoto, Yohei Matsuzaki
掲載雑誌:preprint
DOI:https://doi.org/10.21203/rs.3.rs-2863209/v1
※お断り:本研究成果については、現在、プレプリントサーバーへ登録、公開していますが、査読審査により論文内容が修正される可能性があります。
参考
ハマスタディWEBサイト:https://www.hamastudy.net/
用語説明
*1 Well-being:
個人の権利や自己実現が保障され、身体的、精神的、社会的に良好な状態にあることを意味する概念。本報告でのWell-beingは、主観的幸福感と呼ばれる指標を使用しており、現在の幸福感を0点から10点までで選択してもらったものである。
*2 コホート研究:
共通の特徴をもつ集団を追跡し、その集団がどのように変化し、どの要因がその変化に関連しているのかを明らかにしようとする観察的な研究。
*3 フルタイム:
本報告では、週40時間以上勤務の者をフルタイムと定義。産前産後休業(産休)および育児休業制度(育休)を利用している人は含んでいない。
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