プレスリリース

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たった1%のゲル添加でタンパク質結晶の強度が10倍に!

(Digital PR Platform) 2023年02月21日(火)08時30分配信 Digital PR Platform

―結晶の規則性を邪魔しないゲルの不思議な特性がカギ―

 横浜市立大学大学院生命ナノシステム科学研究科 鈴木 凌助教、橘 勝教授、小島 謙一 名誉教授らの研究グループは、ゲル*1の添加によるタンパク質結晶*2の特徴的な力学的性質とその高強度化メカニズムの解明に成功しました。
 本研究成果は、米国化学会の学術雑誌「ACS Applied Bio Materials」に掲載されます。(日本時間2023年2月21日5時)

研究成果のポイント

タンパク質結晶とゲルの協奏によるユニークな力学特性を発現
ゲル添加によるタンパク質結晶の強度の発現機構を解明
タンパク質結晶とゲルの融合によるハイブリッド材料の設計指針の作成・開発に期待




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図1 ゲルを取り込んだタンパク質結晶と応力ひずみ曲線(概略図)

研究背景
 私たちのスマートフォンやパソコンなどの心臓部である半導体シリコンや自動車や飛行機などを形作る鉄やアルミに代表されるように、世の中の製品のほとんどは結晶で出来ています。特に単結晶*3は原子や分子が規則正しく配列したひとつの固体状態のことを示します。無機物や有機物から成る単結晶は配列を維持したままゲルを結晶内部に取り込むことが古くから知られていました。結晶がゲルを取り込むと、結晶だけでは発現できない力学的特性や電気的特性が現れることが報告されています。
 近年、生体触媒やバイオセンサーなどへの応用に向けて環境調和性や生分解性などの特徴を持ち合わせるタンパク質結晶が注目されています。しかし、一般にタンパク質結晶はもろく壊れやすいため、材料としての応用に必要な強度や加工性を持ち合わせていません。そこで、ゲルを用いたタンパク質結晶の作製に着目しました。これまでにもゲルを添加してタンパク質結晶を作製すると、そのもろさが克服できるとタンパク質の結晶構造解析の分野で注目を集めていました[1]。しかし、強度試験に必要な大きさを持つタンパク質結晶を作製することが難しく、材料力学的な研究が乏しい現状がありました。そのため、なぜゲルを用いると結晶が強くなるのか、どのくらい強度が大きくなったのか、ゲルの担う役割は不明でした。

研究内容
 一般に材料の強度を理解するためには、試料全体を引っ張る、あるいは圧縮する試験が有用です。本研究グループはモデルタンパク質として知見の多い鶏卵白リゾチーム結晶を対象とし、大型の結晶作製を可能とする塩濃度勾配法とアガロースゲルを組み合わせることで試料作製を行いました。異なるアガロースゲル濃度の条件(0,0.1,0.5,1.0 wt.%)において、最大3 mm程度の長さを持つ大型の結晶の作製に成功しました(図1)。X線回折測定から、ゲルを添加した結晶は純粋な結晶と同じ結晶構造を持つ単結晶であることが分かりました(図2)。これらの結晶に対して、圧縮試験機を用いた圧縮試験を行いました。


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図2 純粋な結晶(左)と1.0 wt.%のゲルを添加したタンパク質結晶(右)のX線回折パターン
単結晶性を示す明瞭なスポットが観察された(挿入図はそれぞれの赤枠に対応)



 

 図3は各ゲル濃度で作製したタンパク質結晶の応力ひずみ曲線*4を示しています。一般に純粋なタンパク質結晶は“もろく壊れやすい”という定性的な理解にとどまっていましたが、タンパク質結晶も弾性変形*5をすること、そして弾性率*6の大きさが明らかとなりました。また、結晶が壊れる破壊強度(破壊応力)*7も定量的に明らかとなりました(図3挿入図)。さらに、ゲル添加により、応力ひずみ曲線は大きく変化しました。その違いは一目瞭然で、ゲル濃度が高いほど、破壊強度が大きくなるふるまいが見られます。今回の条件では、たった1.0 wt.%のゲル添加だけで、破壊強度は10倍ほど上昇しました。ここで、興味深い現象が2つあります。ひとつは応力ひずみ曲線の傾きがほとんど変化していない点です。これは弾性率がゲル濃度には依存していないことを示しており、ゲルが結晶中のタンパク質分子とほとんど相互作用せず、ただ結晶の中に存在するだけであることを示しています。もうひとつはこれらの物性値です。1.0 wt.%のゲル単体の強度は0.004 MPaほどで、500倍以上低いことが分かっています。つまり、1.0 wt.%のゲルを添加したタンパク質結晶の強度はタンパク質結晶だけでも、ゲルだけでも得られない、これらの協奏による新しい物性であることがわかります。



[画像3]https://user.pr-automation.jp/simg/1706/68186/500_374_2023021713263063ef01f6c9d0b.jpg
図3 各ゲル濃度で作製したタンパク質結晶の応力ひずみ曲線
挿入図は純粋なタンパク質結晶の応力ひずみ曲線の拡大図






 今回使用したタンパク質は純水に容易に溶解します。一方で、ゲルは常温の純水では溶解しません。そこで、タンパク質結晶の内部に対するゲルの影響を観察するために、結晶の溶解過程の観察を行いました。図4は左から各ゲル濃度で作製した結晶、それらを純水に浸しタンパク質を溶かした様子、溶け残ったゲルの光学顕微鏡写真、ゲル単体の電子顕微鏡(SEM)像を示しています。どのゲル濃度条件においても、結晶の初めの形を保持したゲルが溶け残ったことから、結晶の中にゲルが入っている様子が分かります。さらに、SEM像から、ゲル濃度が高いほどゲルの網目が密になっていることがわかりました。これは図3で示したゲル濃度と破壊強度の関係と良い相関を示しており、結晶内部のゲルの網目構造が結晶を壊れにくくしていることを示しています。



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図4 結晶を純水中で溶解させた様子とゲル単体の電子顕微鏡写真



 これらの実験結果より、ゲル添加タンパク質結晶の強度発現メカニズムを提案します。図5はゲルの網目構造を保有したタンパク質結晶の内部の模式図です。一般に結晶を変形させるとひずみが大きくなるにつれて試料表面や内部には小さなひびが入り、やがて大きな割れが進行し、破壊に至ります。純粋なタンパク質結晶では破壊強度が非常に小さいため、容易に破壊が起きてしまいます。一方、ゲル添加の結晶では、結晶内部のゲルの網目構造がひび割れの伝播を抑制します。ゲル濃度が高いほど、網目構造が細かくなり、伝播するひびがゲルの網目に出会いやすくなるため、破壊の抑制につながります。このように、破壊に対する耐性を高めてくれるようになります。



[画像5]https://user.pr-automation.jp/simg/1706/68186/600_179_2023021713264263ef02028e66d.jpg
図5 ゲル添加タンパク質結晶の高強度化メカニズム





 以上より、タンパク質結晶の内部に入り込んだゲルが結晶の強度を高め、タンパク質だけでもゲルだけでも引き出すことのできない特性が発現することが分かりました。タンパク質分子の大きさに対して、ゲルは10~100倍以上の太さを持ちます。規則性が重要な結晶という立場からすると、3次元にランダムに存在するゲルは邪魔者です。しかし、結晶の規則性を崩さずに内部に共存する、まさにゲルのユニークな役割が結晶の高強度化に働いているといえます。

今後の展開
 本研究では、タンパク質結晶の内部にゲルを添加することで、その強度の上昇とメカニズム解明に成功しました。これまで定量的な研究例の乏しかった純粋なタンパク質結晶の弾性率や破壊強度の定量化にも成功し、タンパク質結晶の材料としての特性の理解が深まります。今後はタンパク質やゲルの種類を戦略的に選択・融合することで、環境負荷の少ない新しい生体材料としての応用研究の発展にも期待できます。さらに、本研究で得られた知見はタンパク質に限らず、様々な原子・分子結晶を含む結晶性材料の設計指針になります。

研究費
 本研究は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業さきがけ(JPMJPR1995)、JSPS科研費(17K06797, 19K23579, 21K04654)、池谷科学技術振興財団(0291078-A)事業の支援を受けて実施されました。

論文情報
タイトル: Unique Mechanical Properties of Gel-Incorporating Protein Crystals
著者: Ryo Suzuki, Ayano Karasawa, Ayaka Gomita, Marina Abe, Kenichi Kojima, Masaru Tachibana
掲載雑誌: ACS Applied Bio Materials
DOI: https://doi.org/10.1021/acsabm.2c01033


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参考
用語説明
*1 ゲル:高分子の三次元的なネットワークが溶媒で膨潤した高分子材料のこと。本研究では寒天の主成分であるアガロースゲルを用いており、溶媒が水であることからハイドロゲルに分類される。

*2タンパク質結晶:タンパク質分子が規則正しく並んでできた結晶のこと。目的のタンパク質を結晶化させ、]線回折測定とその解析からタンパク質の3次元構造を知ることができる。

*3 単結晶:原子や分子などが規則正しく配列した固体のこと。結晶は大きく単結晶と多結晶に分類され、前者は欠陥が少なく規則性が高い。一方、後者は多数の微小な単結晶から構成された集合体で、欠陥が多く入っている。

*4 応力ひずみ曲線:引張や圧縮試験時の試料の変形に必要な荷重を試料の断面積で除した値を応力、試料の変位を元の長さで除した値をひずみという。これらの関係を示したものが応力ひずみ曲線である。応力ひずみ曲線の横軸は材料の伸びや縮みを、縦軸は強度を示す。

*5 弾性変形:材料に力を加えたとき、元に戻る変形のこと。
(補足)ある一定の力を超えたとき、元の形に戻らない変形を塑性変形という。塑性変形を伴わずに破壊のことを脆性破壊といい、今回のタンパク質結晶で見られる破壊も脆性破壊に該当する。ガラスやセラミックスの破壊が典型的な脆性破壊である。

*6 弾性率:材料の変形のしにくさを表す物性値。応力ひずみ曲線の初めの線形領域の傾き(応力/ひずみ)で求められる。ヤング率とも呼ばれ、一般に値が大きいほど、材料が硬いことを示す。

*7 破壊強度(破壊応力):材料を破壊させるために必要な荷重を試料断面積で除した値(応力)のこと。値が大きいほど、材料が強いことを示す。

参考文献など
[1]. Shigeru Sugiyama, Mihoko Maruyama, Gen Sazaki, Mika Hirose, Hiroaki Adachi,
   Kazufumi Takano, Satoshi Murakami, Tsuyoshi Inoue, Yusuke Mori, Hiroyoshi Matsumura,
   “Growth of Protein Crystals in Hydrogels Prevents Osmotic Shock” J. Am. Chem. Soc.134
   (2012) 5786.























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