• トップ
  • リリース
  • 【東京薬科大学】がん細胞の新たな薬剤耐性機構を発見〜がん化学療法における薬剤耐性の克服に期待〜

プレスリリース

  • 記事画像1

【東京薬科大学】がん細胞の新たな薬剤耐性機構を発見〜がん化学療法における薬剤耐性の克服に期待〜

(Digital PR Platform) 2022年12月07日(水)14時05分配信 Digital PR Platform



抗がん剤を用いたがん化学療法において、がん細胞の薬剤耐性は深刻な問題となっています。この薬剤耐性化メカニズムを解明し克服することは、がんの化学療法を成功に導くための重要課題です。
この度、東京薬科大学 薬学部 薬物動態制御学教室の岸本久直助教、井上勝央教授らの研究グループは、がん細胞の細胞表面に存在する高分子糖タンパク質ムチン(注1)のサブファミリーであるMUC1の細胞外ドメインが、親水性バリアとして働くことで、親油性抗がん剤の細胞内への取り込みを制限する役割を担っていることを明らかにしました。今回の発見は、がん化学療法における薬剤耐性の分子基盤の理解を深めるのに役立つと考えられます。




【ポイント】
・高分子糖タンパク質ムチンのサブファミリーであるMUC1が関与する、新たな薬剤耐性機構を明らかにした。
・MUC1の細胞外ドメインが、細胞表面に親水性バリアを形成することで、親油性抗がん剤の細胞内移行を制限することを明らかにした。
・本研究は、がん化学療法における薬剤耐性の克服につながることが期待される。


本研究成果は、2022年12月5日(現地時刻)に、米国薬理学会(ASPET)の学会誌である''Molecular Pharmacology''に掲載されました。



研究の背景
抗がん剤に対する耐性の存在は、がん化学療法において深刻な問題となっています。がん細胞の薬剤耐性化のメカニズムを解明し克服することは、がんの化学療法を成功に導くための重要課題です。様々ながん細胞には、ムチンと呼ばれる高分子糖タンパク質ファミリーの1つであるMUC1が過剰に発現していることがわかっており、がんの進行や薬剤耐性に関与することが明らかにされています。近年の研究では、MUC1の細胞質カルボキシ末端領域(MUC1-CT)が細胞増殖を促進するシグナル伝達に関与することで、がん化学療法における抵抗性をもたらすことがわかってきました(参考図a)。一方、MUC1のアミノ末端領域(NG-MUC1)は、高度に糖鎖修飾を受けた状態で細胞外に存在し(参考図a)、細胞内への薬物移行を制限する物理的バリアとして働くと考えられます。しかし、これまでがん化学療法におけるNG-MUC1の役割に関する知見はほとんどありませんでした。

研究の内容
本研究では、シグナル伝達に関与する細胞質C末端領域を欠損させたMUC1ΔCTを、安定的に発現するMCF7細胞株(注2)を作製し、がん化学療法におけるNG-MUC1の影響を評価しました。MUC1ΔCT発現細胞では、抗がん剤(5-フルオロウラシル、シスプラチン、ドキソルビシンおよびパクリタキセル)の殺細胞効果を減弱し、特に親油性抗がん剤であるパクリタキセルの50%阻害濃度(IC50)を対照細胞と比べ約150倍増加させることを見出しました(参考図b)。次に、薬物の細胞内移行を定量的に評価したところ、パクリタキセルの細胞内蓄積が約50%減少することが明らかとなりました(参考図c)。また、MUC1と同じサブファミリーに属し、細胞外領域の大きさがMUC1よりも小さい(約3分の1)、MUC13についても同様の検討を行ったところ、薬剤抵抗性と細胞内蓄積の変化は観察されませんでした。さらに、MUC1ΔCT発現細胞では、細胞表面に吸着した水分量が、対照細胞と比べて2.7倍増加することが明らかとなり(参考図d)、NG-MUC1によって作られる細胞表面上の水層の存在が示唆されました。このNG-MUC1により形成された細胞表面水層は、抗がん剤に対する親水性バリア要素として働くと考えられました(参考図e)。これまで、機能不明であったNG-MUC1が、親油性抗がん剤の細胞膜透過を制限することで、化学療法抵抗性に寄与していることが初めて明らかにされました。

今回、様々ながん細胞におけるMUC1を介した薬剤耐性化の新規メカニズムが明らかにされました。これにより、がん化学療法における薬剤耐性の克服につながることが期待されます。本研究チームでは、薬物の細胞内移行を制御するムチンの役割について着目し、薬物吸収におけるムチンと薬物との相互作用メカニズム解明に向けて研究を進める予定です。

研究資金
本研究は、日本学術振興会 科学研究費補助金(科研費)および公益財団法人 臨床薬理研究振興財団(研究代表者:岸本久直)の支援のもとで行われたものです。


参考図 ※添付画像をご参照ください。
(a) MUC1は高度に糖鎖修飾された巨大な細胞外領域と、シグナル伝達に関与する細胞内領域を有した細胞膜結合型のタンパク質である。
(b) MUC1ΔCT発現細胞では、抗がん剤の殺細胞効果が減弱し、50%阻害濃度(IC50)を増加させた。
(c) MUC1ΔCT発現細胞では、パクリタキセルの細胞内蓄積が約50%減少し、NG-MUC1が薬物の細胞膜透過性を制限することが明らかとなった。
(d) MUC1ΔCT発現細胞では、細胞表面の水分量が増加し、表面状態が変化することがわかった。
(e) 今回明らかとなったNG-MUC1機能の概念図。NG-MUC1により形成された細胞表面水層が、親油性抗がん剤に対する親水性バリア要素として働くと考えられた。


発表雑誌
雑誌名:Molecular Pharmacology
論文名:The glycosylated N-terminal domain of MUC1 is involved in chemoresistance by modulating drug permeation across the plasma membrane
著者:Kaori Miyazaki1, Hisanao Kishimoto (岸本久直)1, Hanai Kobayashi1, Ayaka Suzuki1, Kei Higuchi1, Yoshiyuki Shirasaka2, and Katsuhisa Inoue (井上勝央、責任著者)1
1 Department of Biopharmaceutics, School of Pharmacy, Tokyo University of Pharmacy and Life Sciences
2 Faculty of Pharmacy, Institute of Medical, Pharmaceutical and Health Sciences, Kanazawa University
Doi: https://doi.org/10.1124/molpharm.122.000597


用語解説
(注1)ムチン:粘液の主要構成タンパク質の1つであり、様々な粘膜上皮表面を覆うことで生体を保護する役割を担う。アポムチンと呼ばれる長いペプチド鎖が、無数の糖鎖によって修飾されてできた巨大分子の総称である。ヒトのムチン(MUC)ファミリーは約20種類の分子が同定されており、その構造的特徴により、上皮細胞膜に結合して存在する膜結合型(MUC1, 3A, 4, 12, 13, 16, 17)と線細胞から産生・分泌される分泌型(MUC2, 5AC, 5B, 6)に分類される。これら分子が形成する複雑な網目状の分子ネットワーク構造は、分子ふるいの役割を果たし、分子量だけでなく静電的または疎水性相互作用などにより、様々な薬物の細胞膜透過を制御すると考えられている。

(注2)MCF7細胞:ヒト乳腺がん由来の培養細胞株。


▼本件に関する問い合わせ先
総務部 広報課
住所:東京都八王子市堀之内1432-1
TEL:0426766711
FAX:042-676-1633
メール:kouhouka@toyaku.ac.jp


【リリース発信元】 大学プレスセンター https://www.u-presscenter.jp/

このページの先頭へ戻る