プレスリリース
桜美林大学リベラルアーツ学群の大矢佑基助教、琉球大学大学院理工学研究科博士後期課程1年の中島広喜氏、北海道大学大学院理学研究院の柁原宏教授らの研究グループは、沖縄県浦添市の干潟で採集したシャコ類の体表から新種のヒラムシを発見しました。本研究成果は、海洋における生物多様性に関する国際専門誌『Marine Biodiversity』にて、2022年9月6日(火)にオンライン公開されました。
【ポイント】
・世界最大のシャコ、トラフシャコの体表から新種のヒラムシを発見した
・シャコ類と共生するヒラムシは世界初の報告である
・沖縄が誇る豊かな生物多様性の一端が明らかに
研究成果の概要
ヒラムシはその名前の通り、平たい体をもつ扁形動物(プラナリアやサナダムシの仲間)です。その多くが海中の石の表面や岩の隙間、海藻の上などで生活していますが、ヤドカリの殻の中やウニの体表などに共生・寄生する種類も知られています。今回、「カーミージー」として親しまれる沖縄県浦添市の干潟において採集された世界最大のシャコ、トラフシャコLysiosquilla maculataの体表から正体不明のヒラムシを発見しました。本種を詳細に観察した結果、既知のヒラムシのいずれにも該当しない特徴をもつ未知の種であると判明しました。そこでこのヒラムシを新種Emprosthopharynx lysiosquillae(和名:シャコヤドリヒラムシ)として発表しました。シャコ類と共生するヒラムシは世界初の報告です。
本研究はカーミージー、ひいては沖縄が誇る生物多様性の一端を明らかにしたものです。カーミージーはヒラムシが宿主とする大型のトラフシャコが高密度に生息する沖縄県内でも類まれな場所であり、多数の大型個体の生活を支えられる豊かな自然環境が維持されてきた干潟だといえます。このような良好な自然環境が残る土地・海域には、都市部近くの身近な場所であっても、まだ知られていない生物が数多く生息していると予想されます。
研究の背景
地球上の生物は食う・食われるの関係のみならず、共生・寄生関係や他の生物が作る巣穴といった構造物の利用など、互いに影響を及ぼし合いながら生態系を形成しています。人類もその生態系を構成する一員です。生態系がもたらす恩恵を持続的に享受するためには、どのような生物が存在して、それらがどのように関係性を保ちながら生きているかという生物多様性の理解が不可欠です。
沖縄県浦添市には「カーミージー」として親しまれる広大な干潟があります(図1)。ここには体長約40 cmにも達する世界最大のシャコ、トラフシャコLysiosquilla maculataが数多く生息しています。トラフシャコは砂地に大人の腕がすっぽり入るような太さの巣穴を数メートルも掘り、その入り口で魚類を待ち伏せて捕食するハンターとしても知られています。
今回の研究成果はそんなトラフシャコの体表から発見されたヒラムシに関するものです。ヒラムシはその名前の通り平たい体をもつ体長数 cm程度の扁形動物(プラナリアやサナダムシの仲間)であり、国内からは約150種が報告されています。その多くが海中の石の表面や岩の隙間、海藻の上などで生活していますが、ヤドカリの殻の中やウニの体表など、無脊椎動物に共生・寄生している種類も知られています。本研究は2020年に中島氏がトラフシャコの体表から偶然見つけた正体不明のヒラムシを大矢助教(当時、北海道大学大学院理学院)に紹介したことから始まった共同研究です。
研究手法
2020年から2021年にかけてカーミージーの干潟から9個体のトラフシャコを捕獲しました。そのうち5個体のシャコの体表から計41個体のヒラムシを採集しました。得られたヒラムシを対象にパラフィン連続組織切片※による体内の形態観察と複数遺伝子の部分配列の決定および系統的位置の推定を行いました。
※パラフィン連続組織切片:生物体の内部にパラフィン(蝋)を浸透させて組織を硬化させ、特殊な機械を用いて厚さ数m〜数十mに薄切する手法。
研究成果
本研究の結果、採集されたヒラムシはEmprosthopharynx属のヒラムシであると判断されました。これまでにEmprosthopharynx属ヒラムシは世界から7種が知られていました。これらの種と詳細な比較を進めたところ、いずれの種にも該当しないことから、本種は未記載種(名前のついていない種)であると明らかになりました。そこで本種をEmprosthopharynx lysiosquillaeという学名で新種として発表しました。また和名としてシャコヤドリヒラムシと命名しました。シャコ類の巣穴や体表に共生・寄生している貝類などはこれまでに報告がありますが、シャコ類と共生するヒラムシは今まで知られておらず、本種の発見は世界初のシャコ共生性ヒラムシの報告となります。
詳細な形態観察の結果、ヒラムシの体表から吸盤として機能すると思われる構造が見つかりました。吸盤をもつヒラムシは他にも知られていますが、本種で観察された構造は一般的なヒラムシの吸盤とは異なるものです。この構造はシャコヤドリヒラムシがトラフシャコの体表に付着する際に機能していると予想されます。
今後の展開
シャコヤドリヒラムシとトラフシャコの関係性をより深く理解するには、このヒラムシの詳しい生態を明らかにすることが不可欠です。例えば本研究ではトラフシャコの中でも体長が約30cmを超える大型個体からしかヒラムシは見つかりませんでした。このヒラムシがどこに卵を産み、いつ宿主と共生生活を始めるのか、といった生活史はまだわかっていません。今回見つかった吸盤のような構造が獲得された過程の推定や、それが実際に機能している様子の観察なども今後の研究課題です。
このヒラムシが見つかったカーミージーの干潟は大型のトラフシャコが高密度に生息する沖縄県内でも類まれな場所であり、都市部近くにありながらもそれらを支えられる豊かな自然が維持されている干潟だといえます。干潟には他にも多くの生物が巣穴を掘って生活しており、それら生物の体や巣穴を利用する生物とともに複雑な生態系を構成しています。カーミージーの干潟のような自然豊かな場所にはまだ見つかっていない寄生・共生関係が存在するかもしれません。今後さらなる調査によってカーミージー、ひいては沖縄が誇る生物多様性を明らかにしていく必要があります。
研究費
本研究は科学研究費助成事業(特別研究員奨励費20J11958 代表者:大矢佑基)の支援を受けて実施されました。
発表論文の概要
<研究論文名>
A new symbiotic relationship between a polyclad flatworm and a mantis shrimp: description of a new species of Emprosthopharynx(Polycladida: Acotylea) associated with Lysiosquilla maculata (Crustacea: Stomatopoda)
(新たに見つかったヒラムシとシャコの共生関係:トラフシャコから得られたEmprosthopharynx属の1新種記載)
<著 者>
大矢佑基 1、中島広喜 2、柁原宏 3(1桜美林大学リベラルアーツ学群、2琉球大学大学院理工学研究科、3北海道大学大学院理学研究院)
<公表雑誌>
Marine Biodiversity(海洋における生物多様性に関する国際専門誌)
https://link.springer.com/article/10.1007/s12526-022-01288-y
<公表日>
2022年9月6日
問い合わせ先
桜美林大学リベラルアーツ学群 助教 大矢佑基(おおやゆうき)
TEL: 042-797-9308 メール: oya_y@obirin.ac.jp
琉球大学大学院理工学研究科 博士後期課程1年 中島広喜(なかじまひろき)
TEL: 080-6518-6081 メール: sawagani.is.kani@gmail.com
北海道大学大学院理学研究院 教授 柁原 宏(かじはらひろし)
TEL: 011-706-2755 メール: kajihara@eis.hokudai.ac.jp
▼本件に関する問い合わせ先
学校法人桜美林学園 総合企画部広報課
TEL:042-797-9772
FAX:042-797-9829
メール:webadmin@obirin.ac.jp
【リリース発信元】 大学プレスセンター https://www.u-presscenter.jp/