プレスリリース
横浜市立大学大学院医学研究科免疫学 田村智彦教授および熊本大学国際先端医学研究機構 黒滝大翼特任准教授らの研究グループは、国立感染症研究所、米国国立衛生研究所との共同研究で、感染防御やがん免疫に関わる樹状細胞*1の分化成熟におけるDNA折り畳み構造の変化とその分子メカニズムを解明しました。
本研究成果は、米国科学アカデミー紀要「Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America」に掲載されました。(米国東部時間2022年8月15日)
研究成果のポイント
樹状細胞の分化成熟過程におけるDNAの折り畳み構造の変化を全ゲノム規模で明らかにした
転写因子*2 IRF8が樹状細胞の前駆細胞 (もとになる細胞) におけるDNA折り畳み構造の変化に必須であることを発見した
感染防御に関わる遺伝子を含むゲノム領域では感染の前にDNAの折り畳み構造が準備されていることがわかった
研究背景
ヒトの細胞1個に含まれるDNAを繋ぎ合わせると約 2 m もの長さになります。この極めて長い分子は5から10 μm ほどの小さな核内に収納され、様々な大きさ・形状をもつクロマチン*3高次構造を形成しています。しかし、これらクロマチン高次構造の形成の仕組みやその機能については不明な点が多く残されています。
樹状細胞は、ウイルスなどの病原体やがん細胞に対する免疫応答において司令塔とも呼ばれる必須の細胞です。樹状細胞の数が少ないと、病原体に感染しやすくなり、がん細胞の排除を十分に行うことができなくなります。そのため、私たちの体の中で樹状細胞がどのように産生されるのかを理解することはとても重要です。実際、樹状細胞を発見したラルフ・スタインマン博士は2011年にノーベル生理学・医学賞を受賞しています。
樹状細胞は骨の中の骨髄に存在する造血幹細胞*4という細胞に由来します。造血幹細胞が複数の前駆細胞段階を介して樹状細胞を産生することが知られています。このような細胞分化*5の過程で、その細胞に特徴的な遺伝子発現パターンが形成されることが重要です。そのためには、転写因子と呼ばれるDNA結合性のタンパク質が、DNAの「エンハンサー*6」と呼ばれる遺伝子発現を制御する領域に結合する必要があります。エンハンサーは遺伝子から離れて存在する場合も多く、エンハンサーが遺伝子の発現を調節するにはクロマチン高次構造の変化を介して遺伝子と物理的に近接する必要があります。そのためエンハンサーによる遺伝子発現制御機構を理解するにはクロマチン高次構造の解析が必須になります。しかし、樹状細胞が生体内で分化する過程において、クロマチン高次構造がどのように変化するのかについては全くわかっていませんでした。
研究内容
最近の次世代シーケンス技術*7の発展により、Hi-C法(染色体立体配座捕捉法)などによって細胞核内のクロマチン高次構造を全ゲノム規模で解析できるようになりました。本研究ではマウス生体に由来する樹状細胞と複数段階の骨髄前駆細胞を用い、Hi-C法でクロマチン高次構造の変化を網羅的に解析しました。その結果、樹状細胞に特徴的に発現する遺伝子を含むDNA領域では、樹状細胞前駆細胞の段階でエンハンサーの活性化が起こり、その後核内コンパートメント*8と呼ばれるクロマチン高次構造が活性化型に変化し、最終的に樹状細胞に分化する段階でトポロジカル関連ドメイン*9と呼ばれる構造が強く形成されることがわかりました(図1)。
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図1 樹状細胞分化に伴うクロマチン高次構造の変化
(上段)樹状細胞は造血幹細胞から複数の前駆細胞段階を介して産生される。(下段)前駆細胞の段階で樹状細胞に特徴的に発現する遺伝子のゲノムDNA領域に転写因子IRF8が結合して、エンハンサーの活性化とその後の核内コンパートメントの活性化型への変化 (BからA) を誘導する。さらに樹状細胞に分化する段階でトポロジカル関連ドメイン内の相互作用の増加が引き起こされ、樹状細胞特異的遺伝子が発現する。
次に、樹状細胞前駆細胞の段階で核内コンパートメントの変化を誘導する転写因子の同定に挑戦しました。バイオインフォマティクス解析*10を行ったところ、interferon regulatory factor-8(IRF8)が関与する可能性が示されました。以前の研究において、IRF8が樹状細胞前駆細胞で高発現し、樹状細胞関連遺伝子のエンハンサーを活性化することを示しています(Kurotaki et al. Blood 133:1803-1813, 2019; Murakami et al. Nature Immunology 22:301-311, 2021など)。そこで、IRF8欠損マウスから前駆細胞を単離してHi-C法で解析しました。その結果、IRF8欠損マウスの樹状細胞前駆細胞では、核内コンパートメントの活性化型への変化が誘導されないことがわかりました。
樹状細胞は感染が起こると生体防御に関わる様々な遺伝子を発現することが知られています。そこで、次にこれら感染防御に関与する遺伝子のクロマチン高次構造が樹状細胞の分化においてどのように変化するのかHi-C法で解析しました。その結果、これらの遺伝子を含むDNA領域は樹状細胞の分化を通して、感染刺激を受ける前から活性化型の核内コンパートメントに含まれていることがわかりました(図2)。さらに、トポロジカル関連ドメインについても、感染刺激前の樹状細胞においてすでに十分に強く形成され、感染刺激後にも大きな変化が認められませんでした。以上の結果から、生体防御関連遺伝子のクロマチン高次構造は感染の前にはすでに準備されており、それによって樹状細胞が病原体に対し素早く反応して必要な遺伝子発現が誘導できるのではないかと考えています。
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図2 生体防御関連遺伝子を含むゲノムDNA領域のクロマチン高次構造変化
(上段)樹状細胞は感染刺激によりサイトカインやケモカインなど生体防御関連分子を発現する。(下段)生体防御関連遺伝子は樹状細胞分化全体を通して常に活性化型コンパートメントAに存在している。これら遺伝子のDNA領域は感染が起こっていない樹状細胞の段階でトポロジカル関連ドメイン内の相互作用の増加が生じ、これは感染後に遺伝子が発現しても大きく変化しない。このことから樹状細胞が感染時に迅速に生体防御関連遺伝子を発現するためにクロマチン高次構造の確立が重要である可能性がある。
今後の展開
今回の解析結果から、細胞が分化していく過程において、その細胞にとって重要な遺伝子のクロマチン高次構造が大きく変化することがわかりました。この知見を応用することで、例えば白血病細胞など病的な前駆細胞のクロマチン高次構造を解析し、その性状を正しく理解することで、新たな診断・治療法開発につなげられる可能性があります。また、樹状細胞は病原体やがんに対する免疫応答に必須の役割を担いますが、その過剰あるいは異常な活性化は自己免疫疾患を引き起こしたりがんを増悪させたりすることも知られています。本研究における解析データは、それらの疾患の理解や治療法の開発に役立つことも期待されます。
研究費
本研究は、文部科学省、日本学術振興会、日本ワックスマン財団、ノバルティス科学振興財団、化学及血清療法研究所、東京生化学研究会、日本血液学会、ホーユー科学財団、日本ジェネティクス、上原記念生命科学財団による研究助成と、熊本大学病院研究活性化プロジェクト並びに横浜市立大学先端医科学研究センターが認定されている文部科学省共同利用・共同研究拠点「マルチオミックスによる遺伝子発現制御の先端的医学共同研究拠点」の支援を受けて行われました。
論文情報
タイトル: Chromatin structure undergoes global and local reorganization during murine dendritic cell development and activation
著者: Daisuke Kurotaki, Kenta Kikuchi, Kairong Cui, Wataru Kawase, Keita Saeki, Junpei Fukumoto, Akira Nishiyama, Kisaburo Nagamune, Keji Zhao, Keiko Ozato, Pedro P. Rocha, Tomohiko Tamura
掲載雑誌: Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America 119(34): e2207009119, 2022
DOI: https://doi.org/10.1073/pnas.2207009119
用語説明
*1 樹状細胞:T細胞に抗原提示して獲得免疫を誘導する極めて重要な免疫細胞。感染などの際にサイトカインと呼ばれる物質を産生し、生体防御に働くことも知られている。
*2 転写因子:それぞれ特徴的なDNA配列を認識して様々なゲノム部位に結合することで、遺伝子からRNAの転写を制御するタンパク質。ヒトでは1,500種類以上あると言われている。
*3 クロマチン:DNAとそれに結合したタンパク質の複合体のこと。
*4 造血幹細胞:骨髄内に存在し、全ての血液細胞に分化する能力と、細胞分裂しても自らを維持する自己複製能を有する組織幹細胞の一種。
*5 細胞分化:幹細胞が特定の機能を持つ細胞になる現象。
*6 エンハンサー:遺伝子の転写開始点から離れた領域に存在し、転写因子が結合することで遺伝子の発現を調節するゲノムDNA領域。
*7 次世代シーケンス技術:DNA断片の配列を並列的に極めて短時間で解析する技術。この方法を応用することで、クロマチン高次構造の状態を調べること (Hi-C) が可能となった。
*8 核内コンパートメント:類似の性質を持つクロマチン同士が細胞核内で寄り集まって形成されるクロマチン高次構造。活性化型のAコンパートメントと不活性化型のBコンパートメントに分けられる。
*9 トポロジカル関連ドメイン:ゲノムDNAに結合するCTCFとコヒーシン複合体により形成されるクロマチン高次構造。
*10 バイオインフォマティクス解析:様々な生物学的データを情報科学によって解析する技術。
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本件に関するお問合わせ先
横浜市立大学 広報課
E-mail:koho@yokohama-cu.ac.jp