プレスリリース
〜ネコは一緒に生活している他のネコを仲間とみなしていない 〜 麻布大学、単独生活種におけるオキシトシンの種内社会性への作用を世界で初めて解明
麻布大学獣医学部介在動物学研究室の子安ひかり研究員、永澤美保准教授、菊水健史教授は、ネコの社会行動とホルモン、腸内細菌叢の関連性を解析しました。
本研究では、ネコがテストステロン値やコルチゾール値が低くなることにより、同じ空間を共有して集団生活が可能となるものの、オキシトシンの機能は仲間に対する親和的なものとは異なり、ネコは同じ空間で生活している他個体を仲間とみなしていない可能性を世界で初めて明らかにしました。
本研究成果は「PLOS ONE」オンライン版に2022年7月28日に掲載されます。
<研究のポイント(本研究で新たに分かったこと)>
単独生活種であるネコの社会行動とテストステロン、コルチゾール、オキシトシンの関連性を調べました。本研究では、単独生活を営む動物におけるオキシトシンの種内社会性への作用を初めて解明しました。テストステロン値が低い個体は逃避行動が少なく空間の共有が可能になり、コルチゾール値が低い個体は探索行動などの他の個体との関わりが増えることが示されました。一般的に、オキシトシンは内集団に対して親和的に機能します。ネコにおけるオキシトシンの機能は、内集団に対する親和的なものとは異なったことから、ネコは同じ空間で生活している他個体を内集団(仲間)とみなしていない可能性が考えられます。
(図1)本研究結果のイメージ図。テストステロンやコルチゾール値が低くなることで同じ空間で生活ができるものの、オキシトシンの機能は内集団に対する親和的なものとは異なるため、他の個体を内集団とみなしていない可能性が示された。
(図2)集団で生活するネコの写真。寄り添って仲良しのように見えるが、実際は仲間じゃないのかもしれない。
<研究成果の概要>
○背景と目的
ネコが集団で生活するか、または単独で生活するかは、餌の分布など、その種を取り巻く生態学的要因によって進化します。野生のネコ科動物の多くは排他的な縄張りを持ち単独で生活していますが、イエネコ(以下ネコ)は餌が豊富なところでは高密度で、互いに交流しながら生活しています。ネコが集団生活を可能にするためには、他の個体が身近に生活しても気にしない寛容性や衝突を避けるための行動戦略を持ち合わせていることが予想されます。このような寛容性といった気質や行動はテストステロン※1、コルチゾール※2、オキシトシン※3などのホルモンや腸内細菌叢によって調節されます。
本研究では、ネコが集団生活を可能にしたメカニズムと、また現在どのような集団を形成しているのかを明らかにするために、同室内にて生活するネコの社会行動と尿中テストステロン、コルチゾール、オキシトシン値、腸内細菌叢の相関関係の解明を目指しました。
○方法
3つのネコの集団(血縁関係のない、避妊去勢済みの雌雄混合の成ネコ5頭/集団)を対象に2週間の夜間行動観察と糞尿の採取を行いました。採取した糞尿を用いて尿中のテストステロン、コルチゾール、オキシトシン値、糞便中の腸内細菌叢の測定を実施し、ネコの社会行動との相関を調べました。
○結果と考察
社会行動とホルモンの相関解析により、テストステロン値が低いネコの個体は他の個体から逃げる回数が少なくなり、テストステロン値が低くなることで他の個体との空間の共有が可能になっていることが考えられます。また、コルチゾール値が低い個体は探索行動や遊び、フードシェア(他個体と一緒にご飯を食べる行動)が増え、他の個体との関わりをもつ集団を形成することが示されました。また、霊長類などの親和的集団において、オキシトシンは集団内個体に対しては親和的に機能し、オキシトシン値が高いと内集団個体とのアログルーミングは多くなります。しかし、ネコではオキシトシン値が高い個体はアログルーミングが少なかったことから、オキシトシンの機能は集団内個体に対するものとは異なることが示されました。
腸内細菌叢については、腸内細菌叢の構成要素と行動やホルモンに相関がみられ、腸内細菌叢がネコの社会行動やホルモンに影響を与える可能性が示されました。今後、サンプル数を増やし、社会行動やホルモンと関連のみられる細菌種特定や無菌マウスを用いた実証実験を行うことにより、ネコの社会行動やホルモンに影響を与える腸内細菌が明らかになることが期待されます。
今回、同室にて生活するネコにおける社会行動とホルモン、腸内細菌叢の関連性の研究により、ホルモンシステムや腸内細菌叢の変化によって社会行動の変化が生じたことから、ネコは集団生活を可能にしていることが考えられます。ネコはテストステロンやコルチゾール値が下がることによって同じ空間で他の個体と関わりながら生活できるものの、オキシトシンの機能が内集団に対するものとは異なることから他の個体を内集団個体とみなしていない可能性を示しました(図1)。
しかし、今回実験に参加したネコは保護された成ネコであり、彼らが生活してきたバックグラウンドは不明でした。集団の形成やその構造には、生態学的要因のみならず、幼少期経験などの社会環境的要因が大きな影響を与えます。今後は様々な条件の下で実験を行うことにより、ヒトを含む動物の集団形成メカニズムの解明に繋がることが期待されます。
※1 テストステロン:精巣や副腎で産生される性ステロイドホルモンで、男性生殖器の発育と発達を促す。攻撃行動や競争に関与し、いくつかの種では縄張り防衛行動の関係性も示されている。
※2 コルチゾール:副腎で産生されるステロイドホルモンの一種。エネルギー代謝を制御し、生体の恒常性維持において必須のホルモンである。このエネルギー生産は、動物が何らかの脅威に直面したときに必要となり、攻撃性や恐怖反応に関与する。
※3 オキシトシン:脳下垂体後葉から分泌されるペプチドホルモンの一種であり、出産時の子宮収縮、母乳分泌などに関わる。個体識別にも関与し、集団内に対しては親和的に、集団外に対しては敵対的に機能する。
<掲載論文>
掲載誌:PLOS ONE
論文リンク:
https://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0269589
原題:Correlations between behavior and hormone concentrations or gut microbiome imply that domestic cats (Felis silvestris catus) living in a group are not like 'groupmates'
和訳:ネコの行動とホルモン、腸内細菌叢の相関は集団で生活していても仲間ではないことを示す
著者名:子安ひかり、高橋宏暢、米田萌香、那波俊平、坂和夏美、笹尾郁斗、永澤美保、菊水健史(全メンバー:麻布大学獣医学部介在動物学研究室所属)
<参考情報>
●麻布大学 獣医学部について
獣医学部には獣医学科と動物応用科学科が設置されています。獣医学科では、全国共通のモデル・コア・カリキュラムと参加型臨床実習に対応した獣医学教育はもちろんのこと、臨床教育に適した施設・設備を整備して充実した教育を実践しています。さらに、多くの研究室において動物に関して多様な研究活動を行っています。また、動物応用科学科では、動物のさまざまな生命現象を、遺伝子などの分子、細胞から個体、群集までの多様なレベルで理解する動物生命科学分野、人と動物のより良い共生を追求する動物人間関係学分野の総合的な教育と質の高い研究を実施しています。
麻布大学獣医学部:
https://www.azabu-u.ac.jp/academic_graduate/veterinary/
●麻布大学について
麻布大学は、獣医系大学として二番目に長い歴史を持つ大学で、2025年に学園創立135周年を迎えます。動物学分野の研究に重点を置く私立大学として、トップクラスの実績を基盤に新たな人材育成に積極的に取り組んでいます。
本学は、獣医学部(獣医学科、動物応用科学科)と生命・環境科学部(臨床検査技術学科、食品生命科学科、環境科学科)の2学部5学科と大学院(獣医学研究科と環境保健学研究科)の教育体制に、学部生、大学院生が学んでいます。
麻布大学の概要:
https://www.azabu-u.ac.jp/about/
▼本件に関する問い合わせ先
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磯野、野鶴
住所:神奈川県相模原市中央区淵野辺1-17-71
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