プレスリリース
日本電信電話株式会社(本社:東京都千代田区、代表取締役社長:島田 明、以下「NTT」)と、国立大学法人北海道大学(北海道札幌市北区、総長:寳金 清博、以下「北大」)は、異なる種類(モード)の信号光間で発生する光の強度差を、低損失・広帯域に可変補償する小型光デバイスを世界で初めて実証しました。
1本の光ファイバで複数のモードを伝搬するモード多重伝送は、将来の大容量光伝送の候補技術として期待されています。しかし、光ファイバ中の減衰量や光増幅器の増幅効率が、モード間でわずかに異なるため、長距離伝送後にはモード間の光強度差が増大してしまいます。このモード間の光強度差は、受信装置内の電気信号処理を複雑化し、伝送可能距離を著しく制限します。今回、小型の平面光波回路(PLC:Planar Lightwave Circuit※1)内で、特定モードの光強度を選択的に減衰させ、モード間の光強度差を±0.5 dB以下に補償することに成功しました。これにより、提案デバイス1台で伝送可能距離を200 km程度拡張できると期待されます。
本成果は、NTTが提唱するIOWN※2構想がめざす、1ペタ超の大容量光伝送基盤の実現に向けた要素技術の一つとして期待されます。
今回の成果は、スイス バーゼルで開催される光通信技術に関する国際会議(ECOC2022)に採択され、現地時間の2022年9月18日から22日の会期中に発表予定です。
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1.研究背景
モード多重伝送は、多重するモード数に比例して伝送容量を拡張できるため、次世代の大容量光伝送基盤の実現技術の一つとして注目されています。しかし、図2に示すように、モード多重光伝送路では、モード間で光の減衰量がわずかに異なるため、減衰量の偏差が伝送距離とともに累積してしまいます(図2の@)。また、光増幅器中ではモード間の増幅効率が異なるため、増幅出力にもモード間の偏差が生じてしまいます(図2のA)。一方、モード多重伝送路の出力端では、複数のモードが混ざり合って出力されるため、入力信号の情報を復調するための電気信号処理が必要となりますが、信号処理の計算量はモード数と特性偏差に応じて指数関数的に増大してしまいます。また、光伝送路の特性偏差は、伝送距離や増幅効率の要求条件に依存して変化するため、モード多重伝送の実現には、光伝送路におけるモード間特性偏差を可変制御する技術が不可欠です。しかし、これまでに小型・低損失・可変性の要素を兼ね備えた技術は提案されていませんでした。
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2.本成果の特長
今回の研究では、小型・量産性に優れるPLC技術を活用し、@2モード中の特定モードに対する減衰量の可変制御と、A多モード光増幅器で発生する増幅効率差の広帯域補償を世界で初めて実証しました。
1.特定モード減衰量の可変制御
図3に提案したPLCの構成と動作イメージを示します。提案デバイスは、2台の光分岐結合回路が従属に接続された構造を有します。光強度の異なる2種類の信号光のうち、光強度の高い信号光の50%が、1段目の光分岐回路で主導波路から遅延線導波路に結合します。ここで、光分岐回路の結合長Lcと導波路間隔gを適切に設計することにより、所望の信号光を選択することができます。遅延線導波路に結合した信号光は2段目の光結合回路で主導波路に再結合しますが、その結合量は遅延線導波路で受けた遅延時間(位相)に応じて変化します。このため、遅延線導波路の屈折率をヒーターで可変することで、特定の信号光の結合量(減衰量)を制御することができます。一方、入力時の光強度が低い信号光は主導波路を透過するだけなので、原理的に過剰な損失が発生しません。このため、提案デバイスは小型・低損失・可変性を同時に実現することができます。
図4にヒーターの電力に対する減衰対象信号の相対的な光強度の変化を示します。50〜170 mWのヒーター電力で減衰量を最大2.3 dBまで可変できることが分かります。光伝送路中の減衰量の偏差は、概ね1 kmあたりで0.01 dB以下と考えられるので、提案デバイス1台で200 km超相当の光強度差を補償することができます。
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2.増幅効率差の広帯域補償
図5に、1530〜1565 nmの波長帯域で2モードの光増幅を行う光増幅器を用い、提案デバイスの有無による増幅効率差の変化を評価した結果を示します。黒のプロットが提案デバイスを用いない場合の特性で、増幅波長帯域の全域で1.5 dB以上の増幅効率差が発生してしまいます。また増幅効率差は、光増幅器の動作条件(励起光強度:図中の●、▲、■のプロットに相当、励起光強度に応じて増幅光強度が変化する)に応じて、最大3 dBまで増大することが分かります。一方、赤のプロットで示したように、提案デバイスを用いることにより増幅効率の波長依存性を劣化させることなく、いずれの動作条件であっても増幅効率差を±0.5 dB以下に低減できることが分かります。
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3.今後の展望
今回の研究結果は、空間モードを活用した大容量光伝送路の構築に向けた実現技術の一つを提示する成果であり、2020年に報道発表した、光ケーブル構造による光ファイバ内伝送特性の制御技術※3とともに、モード多重光伝送路の実現性を大きく前進させるものと位置付けられます。NTTが提唱するIOWN※2の目標として掲げる1ペタ超光伝送基盤の実現には、空間モードを活用した光伝送路技術と光伝送技術の確立が不可欠であり、今後も産学連携による研究開発を推進していきます。
<参考・用語解説>
※1 平面光波回路(PLC:Planar Lightwave Circuit)
NTTが実用化してきた石英光導波路技術で大規模集積回路と同様のプロセスで製造できるため量産性に優れる
※2 IOWN(アイオン:Innovative Optical and Wireless Network)
スマートな世界を実現する最先端の光関連技術および情報処理技術を活用した未来のコミュニケーション基盤
※3 光ケーブル構造により光ファイバ内の伝送特性を制御
https://group.ntt/jp/newsrelease/2020/03/09/200309a.html