プレスリリース
東京医科大学が、「精細管内を流れる精子の分布ならびに精細管壁の動きを可視化 〜精細管を精路として捉える新たな研究分野の開拓に期待〜」
東京医科大学(学長:林 由起子/東京都新宿区)人体構造学分野 表原 拓也講師、医学科第6学年 金澤 優太、金沢大学 仲田 浩規講師(現:公立小松大学保健医療学部臨床工学科 教授)、京都大学 平島 剛志特定准教授(現:シンガポール国立大学 助教授)らの研究グループは、マウスの精巣内で複雑に蛇行する精細管内を流れる精子の分布や動きを解析することで、以下の知見を得ました。
本研究の成果は、生殖器系を扱う専門誌「Reproduction」に掲載されました(現地時間2022年5月23日公開)。
【本研究のポイント】
● 精巣の精細管内において、精子は出口に向かって一方向に流れるのではなく、行ったり来たりしながら流れることを明らかにした。
● 精細管が折れ曲がる部位ではとくに精細管壁が大きく揺さぶられ、精子が剥がれやすくなることを見出した。
【研究の背景】
精巣の精細管で作られる精子は、完成すると精細管内を流れていき、精巣網・精巣輸出管を通って精巣上体管へと運ばれます(図1)。その精細管内の流れを生み出すものとして、精細管周囲を取り囲む平滑筋様細胞が重要であることが知られています。しかしながら、その平滑筋様細胞が、消化管でみられるような蠕動運動によって一方向の流れを生み出すのか、協調することなくランダムな流れを生み出すのかはわかっていませんでした。また、精子は完成するまで様々な分子によってセルトリ細胞と接着していることが知られていますが、接着が剥がれ精細管内に精子が剥がれ落ちる仕組みは分かっていませんでした。
そこで我々の研究チームは、マウス精巣内に存在する一続きの精細管内を流れる精子の分布を三次元再構築の手法を用いて解析するとともに、マウスを生かしたまま精細管内の精子の動きを可視化しました。
【本研究で得られた結果・知見】
1.精細管内の精子は一方向ではなく行ったり来たりしながら流れる
精細管内を流れる遊離精子の位置を三次元的に観察したところ、精子が剥がれ落ちる精細管ステージVIIIの位置から最も近い位置の精巣網に向かう方向だけでなく、遠ざかる方向にも存在していました(図2)。
また、精細管内の精子系列細胞および精子鞭毛が標識されるマウスを用いた観察により、セルトリ細胞に付着している精子鞭毛の向きが何度も変わる様子を世界で初めて捉えることができました。これらの結果から、精細管内の精子は行ったり来たりしながら流れることが示唆されました(図3)。
一方で、同一の精細管内でステージVIIIは複数存在しますが、精巣網に向かって遊離精子が蓄積していく様子は確認できませんでした。このことは、すべてのステージVIIIから同時に等しく剥がれ落ちるというよりは特定のステージVIIIで継続的に剥がれる、または、遊離した精子が精巣網に辿り着くまでの時間は次の遊離が生じるより早い(流れる平均速度は30~180 m/秒と推算)ことが考えられます。
2.精細管が折れ曲がる部位ではとくに精細管壁が大きく揺さぶられ、精子が剥がれやすくなる
精巣の組織像を観察すると精細管が180度折れ曲がる部位を目にすることがありますが、これまでの精巣研究ではそのような『歪な』断面像は観察対象とされてきませんでした。しかしながら、川の流れによる浸食作用に代表されるように、流れの曲がる部分では周囲に及ぼす影響が直線部よりも大きくなります。そこで本研究では、精細管内の流れに関しても、直線部より折れ曲がった部位で精細管壁に及ぼす影響が大きくなる可能性に着目しました。
組織切片で観察すると、精細管壁に付着している精子数はカーブの内側で少なくなっていました(図4a、b)。このことは、カーブの外側の方が浸食作用は強くなることと反対の現象のように思えました。そこで、生体内イメージングにより精細管の折れ曲がった部位を観察すると、カーブの外側の精上皮はほとんど動かないのに対し、内側では大きく動いていることがわかりました(図4c、d)。これらの結果から、精細管が折れ曲がる部位ではカーブの内側で精上皮が大きく揺さぶられ、精子が剥がれ落ちやすいことが示唆されました。このことは、セルトリ細胞と精子間の接着に関わる分子の変化だけでなく、精細管内物質の流れが生み出す物理的な力が精子の遊離を促進する可能性を示していると考えられます。
【今後の研究展開および波及効果】
本研究により、精細管の内部は一様な性質を示すのではなく、直線部か折れ曲がった部位かなどの形状の違いによって性質が異なる可能性が示唆されました。今後、精細管内のheterogeneity(不均一性)に着目した研究を行うことで、これまで知られていなかった現象の発見に繋がることが期待されます。
また、男性不妊症の原因としては、精子を作る過程の異常や、精子に対する免疫応答が起こってしまう自己免疫性疾患などが挙げられますが、原因のわからない男性不妊症も未だ多く存在します。本研究により、精細管の折れ曲がった部位では直線部とは異なる反応を示すことが明らかになりましたが、ヒトの精細管はマウスよりも直線部が少なく曲部が多いとされており、ヒトでは精細管内の動きの変化に対する感受性が高いことが想定されます。今後、精細管の動きの異常に着目した解析を行うことで、新たな男性不妊症の発見ならびにその治療法の探索に繋がることが期待されます。
【掲載誌名・DOI】
掲載誌:Reproduction
DOI: 10.1530/REP-21-0400
【論文タイトル】
Three-dimensional analysis and in vivo imaging for sperm release and transport in the murine seminiferous tubule
【著者】
Yuta Kanazawa、 Takuya Omotehara*、 Hiroki Nakata、 Tsuyoshi Hirashima、 Masahiro Itoh
(*責任著者)
【主な競争的研究資金】
本研究は、日本学術振興会科学研究費助成事業 若手研究(B) 16K18976(代表:仲田 浩規)、若手研究 19K16473(代表:仲田 浩規)、若手研究 19K16483(代表:表原 拓也)、上原記念生命科学財団(代表:平島 剛志)、先端バイオイメージング支援プラットフォーム(ABiS、JP16H06280)の支援を受けて実施しました。
〇用語解説
注1 精細管: 精巣内でセルトリ細胞と精子および精子の元になる細胞で作られる管腔構造。セルトリ細胞が円周上に並び、その隙間に精子の元になる細胞が接着する。外周から中心に向かって精子形成が進行し、完成した精子は精細管の中心の内腔に向かってセルトリ細胞から切り離され、精細管内を運ばれていく。
注2 精細管ステージ:精子形成は精祖細胞に始まり、減数分裂および形態変化の進行に伴って精母細胞、精子細胞、精子の順に分化していく。これが精細管の全長にわたって同じタイミングで生じるのではなく、精細管の部位によって異なる精子形成の段階を示す。そのため、精細管断面ごとに異なる形態を示すことから、その様子をマウスではステージIからXIIの12段階に分けており、精子はVIIIとIXの間でセルトリ細胞から遊離する。
▼本件に関する問い合わせ先
企画部 広報・社会連携推進室
住所:〒160-8402 東京都新宿区新宿6-1-1
TEL:03-3351-6141
メール:d-koho@tokyo-med.ac.jp
【リリース発信元】 大学プレスセンター https://www.u-presscenter.jp/