プレスリリース
名城大学総合学術研究科/理工学部/疾患予防食科学研究センターの本田 真己 准教授、Ghosh Antara 研究員と富士化学工業株式会社LS開発本部の西田 康宏 研究員、坂口 莉奈 研究員らのグループは、高い健康効果が期待されるシス型アスタキサンチンを効率的に製造する技術を開発しました。本研究成果は、2024年 6月 27 日にElsevier社が出版する国際学術誌の「Food Bioscience」に掲載されました。
本件のポイント
・有機溶媒や重金属触媒などの化学薬品を一切使用せずに、効率的にトランス型アスタキサンチンエステルをシス型(図1)に変換することに成功。
・加熱式のフローリアクターを用いることで、従来法と比較して反応時間を大幅に短縮することに成功。
・シス型アスタキサンチン(エステル体)は高い保管安定性を有することを実証。
・従来品よりも高い健康効果(加齢性疾患予防や肌質改善作用など)を有するアスタキサンチン素材の応用展開に期待。
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図1: トランス型とシス型アスタキサンチンエステルの化学構造と特徴
背景
天然色素のカロテノイドの一種であるアスタキサンチンは、強力な抗酸化作用を有し、加齢性疾患の予防効果を示すことから、食品や化粧品分野での需要が急速に拡大しています。しかし、流通しているアスタキサンチン(トランス型)は体内吸収性が低いことに加え、結晶性が高く油脂に溶解しにくいなど加工適性が悪いという欠点があります。近年、アスタキサンチンの二重結合の一部を「シス型」に異性化すると、体内吸収性や生理活性(抗老化作用や抗炎症作用、肌質改善作用など)が向上し、物性が変化する(結晶性の低下や溶解度の向上など)ことが明らかになり、注目を集めています。そのため、高い吸収性をもち、加工適性に優れるシス型を用いることが好ましいですが、シス型は天然資源として稀有で不安定なため、工業的に製造することが困難です。本研究グループは、ヘマトコッカス藻由来のアスタキサンチンエステルを効率的にシス型に異性化する技術を開発し、その素材化を目指して研究開発を推進しています。
研究内容
カロテノイドの異性化反応は加熱や光照射、触媒添加により進行することが報告されています。加熱による異性化は食品や化粧品の製造工程と親和性が高い方法ですが、反応効率が低く、通常媒体として有機溶媒などの化学薬品の使用が必要です。本研究では、媒体に可食性の油脂(ヘマトコッカス藻由来の脂質成分や植物油)を用い、加熱式のフローリアクターを用いて高温・短時間処理することで、アスタキサンチンエステルの分解を抑制しながら短時間(30秒以内)でシス型に異性化できる技術を開発しました(図2)。
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図2:(A)加熱式フローリアクターの概略図と(B)異性化処理前後の総シス型比率、(C)異性化処理後のクロマトグラム
注:本研究では、アスタキサンチンの原料として富士化学工業社製のヘマトコッカス藻抽出物(オイル状)を用いました。この原料は異性化処理前においてもシス型アスタキサンチンが比較的多く含まれています。しかしながら、本技術を用いることで総シス型比率のさらなる向上(総アスタキサンチンの約60%)を達成しました。
また、通常シス型のカロテノイドは不安定(室温での保管でトランス型に異性化する)ですが、エステル体のシス型アスタキサンチンは高い保管安定性を有することを実証しました。具体的には、加熱によりシス型比率を高めたアスタキサンチンエステルを40 ℃で長期間保管しても、シス型比率は維持され(約50%)、アスタキサンチン自体の分解も起こらないことを確認しました(図3)。また、このメカニズムを、密度汎関数法(DFT)による分子計算により明らかにしました。
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図3: 40 ℃で保管した場合の(A)総シス型比率と(B)アスタキサンチン濃度の減耗率の推移
今後の展開
今後、本異性化技術が実生産スケールに適用可能かを検討します。また、シス型アスタキサンチンエステルのさらなる価値創出やアプリケーション開発、安全性評価を行い、その上市を目指します。
補足事項
本研究は国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)の委託事業である研究成果最適展開支援プログラム A-STEP(本格型)の支援を受けて実施しました。当研究課題は、富士化学工業と名城大学に加え、関西学院大学、京都大学、富山大学との多岐分野に渡る学際的な共同研究体制で研究を推進しています。また、本研究におけるアスタキサンチン異性体の分析に関しては名古屋大学全学技術センター高濱 謙太朗 博士、沢田 義治 博士の支援を受けました。
用語の解説
1)アスタキサンチン
エビやカニなどに含まれる赤色色素で、キサントフィル系のカロテノイドである。強力な抗酸化作用を有することに加え、眼精疲労の軽減、脳の認知機能向上、肌質の改善などの作用を示すことが近年実証され、食品や化粧品分野での需要が拡大している。
2)シス−トランス異性体
化学式が同じだが、性質が異なる化合物を異性体という。シス−トランス異性体は、化合物中の二重結合を挟んで存在している置換基の位置の違いによって生じる。二重結合に対して主要な置換基が同じ側に結合しているシス型と、反対側に結合しているトランス型がある。
3)トランス型カロテノイド
ポリエン鎖の二重結合がすべてトランス体である形態。天然では通常トランス型が優勢である。高い結晶性を有し、油脂などへの溶解性が極めて低い。このような物性に起因して、体内吸収性が低く、加工(抽出、乳化、粉末化など)効率が悪い。
4)シス型カロテノイド
ポリエン鎖の二重結合の一箇所以上がシス型である形態。詳細なメカニズムは不明であるが、一部のカロテノイド(リコピン、アスタキサンチンなど)において、トランス型を摂取してもヒト体内ではシス型が豊富に検出される。また、近年の研究により、トランス型よりシス型の方が、体内吸収性や一部の生理活性(抗老化作用や抗炎症作用、肌質改善作用など)が高いことが示された。加えて、シス型カロテノイドは結晶性が低く、油脂への溶解度も高いことから、トランス型より加工適性に優れる。
5)ヘマトコッカス藻
淡水生の単細胞緑藻(Haematococcus属の緑藻)であり、栄養飢餓や乾燥、高塩濃度など環境ストレスをうけると、細胞中に高濃度のアスタキサンチン(エステル体)を蓄積する。食品や化粧品用途で用いられるアスタキサンチンは、主にヘマトコッカス藻由来である。
掲載論文
雑誌名: Food Bioscience
タイトル: Thermal isomerization of astaxanthin esters in the green alga Haematococcus lacustris without any chemicals
(化学薬品不使用のヘマトコッカス藻由来アスタキサンチンエステルの熱異性化)
著者名: Rina Sakaguchi, Antara Ghosh, Yoshiharu Sawada, Kentaro Takahama, Yasuhiro Nishida, and Masaki Honda
掲載日時: 2024年6月27日に電子版に掲載
Redirecting : https://doi.org/10.1016/j.fbio.2024.104645
お問い合わせ先
名城大学総合学術研究科/理工学部/疾患予防食科学研究センター 准教授 本田真己
TEL:052-838-2284
E-mail:honda@meijo-u.ac.jp
富士化学工業株式会社 LS開発本部 課長 西田 康宏
TEL:076-472-5518
E-mail:yasuhiro-nishida@fujichemical.co.jp
理工学部の本田真己准教授が わかしゃち奨励賞 を受賞 : https://www.meijo-u.ac.jp/news/detail_28379.html
アルヌール、名城大学と共同研究開始! 〜フコキサンチン異性体の抗酸化作用及び肌に関する生理活性の研究〜 : https://newscast.jp/news/3692971
理工学部|学部・大学院|名城大学 : https://www.meijo-u.ac.jp/academics/sci_tech/
総合学術研究科|学部・大学院|名城大学 : https://www.meijo-u.ac.jp/academics/g_env_human/
研究体制|疾患予防食科学研究センター|研究センター・研究所|名城大学 : https://www.meijo-u.ac.jp/research/institute/disease_prevention/field.html
富士化学工業株式会社 : https://www.fujichemical.co.jp/
希少生物が作り出す美容成分の研究 | MEIJO RESEARCH | 名城大学 : https://www.meijo-u.ac.jp/sp/meijoresearch/feature/biology01.html
理工学部の宮田喜久子准教授らの研究グループが超小型人工衛星を共同開発 : https://www.meijo-u.ac.jp/news/detail_30204.html
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