プレスリリース
公益財団法人 明治安田厚生事業団の兵頭 和樹研究員と中央大学の檀 一平太教授、筑波大学体育系の征矢 英昭教授らの研究グループは、高齢者の有酸素能力(持久力)と認知機能の一つである作業記憶能力の関連性、さらにこの背景にある脳の前頭前野の活動パターンについて、近赤外光脳機能イメージング装置を用いて、高齢者と若年成人、また、有酸素能力に差がある高齢者を比較して検討しました。
【ポイント】
●有酸素能力※1(持久力)の高い高齢者は認知機能の一つである作業記憶能力※2が高いことが知られていますが、その脳内メカニズムは解明されていなかったため、近赤外光脳機能イメージング装置※3を用いて検証しました。
●作業記憶能力テスト中、特に難しい課題に取り組む際、高齢者の前頭前野では若年成人に比べて多くの領域が活動していました。これは、加齢による一部の脳機能の低下を他の領域が補う代償的な脳活動を示しています。
●さらに、有酸素能力が高い高齢者ほど、前頭前野の代償的な活動が顕著であり、作業記憶能力テストの成績が優れていることを確認しました。
画像1: https://www.atpress.ne.jp/releases/395894/LL_img_395894_1.jpg
研究結果の概要
【概要】
公益財団法人 明治安田厚生事業団の兵頭 和樹研究員と中央大学の檀 一平太教授、筑波大学体育系の征矢 英昭教授らの研究グループは、高齢者の有酸素能力(持久力)と認知機能の一つである作業記憶能力の関連性、さらにこの背景にある脳の前頭前野の活動パターンについて、近赤外光脳機能イメージング装置を用いて、高齢者と若年成人、また、有酸素能力に差がある高齢者を比較して検討しました。作業記憶能力テストを行った結果、高難度の課題に取り組む高齢者において、若年成人では動員が見られなかった前頭前野の部位が活性化していました。すなわち、高齢者は脳機能の低下を補うように前頭前野の多くの領域を代償的に動員し、高難度の課題を遂行していることを確認しました。
また有酸素能力の高い高齢者では作業記憶能力テスト中の代償的な脳活動が特に活発で、有酸素能力の高さが作業記憶能力テストの高成績につながっている可能性が示されました。このことから、高齢期に作業記憶能力を維持するためには、有酸素能力を維持・向上させる、習慣的な運動などが効果的であると推測されます。
本研究の成果は、神経科学系の国際学術雑誌「Imaging Neuroscience」に2024年5月10日付で公開されました。
【背景】
認知機能の一つである作業記憶能力は情報を一時的に貯蔵・操作する能力で、主に前頭前野がその働きを担っています。会話や計算をする際に必要な能力で、日常生活を営む上で重要な役割を果たしますが、加齢に伴い低下しやすい機能です。これまでの研究から、有酸素運動は作業記憶能力を高めることがわかっており、有酸素能力が高い高齢者は作業記憶能力が高いことも報告されてきましたが、その脳内メカニズムについては十分に解明されていません。
作業記憶能力テスト中の脳活動を調べた先行研究から、若年成人に比べて、高齢者では前頭前野の広い範囲が活性化すること、そして脳活動の活性化が顕著であるほどテストの結果が良好であることが報告されています。このような現象から、高齢者は加齢による前頭前野の機能低下を補うために、多くの部位を代償的に動員することで認知機能を保とうとしていると考えられています。したがって、有酸素能力の高い高齢者ではこのような前頭前野の代償的な脳活動が活発で、作業記憶能力が高い可能性があります。
そこで本研究では、近赤外光脳機能イメージング装置を用いて高齢者と若年成人の作業記憶課題中の脳活動を比較することで前頭前野の代償的な脳活動を確認し、さらに高齢者の有酸素能力と作業記憶能力の関連性について、前頭前野の代償的な脳活動が関連するかを検討しました。
【対象と方法】
研究は高齢者47人(65-74歳、うち女性29人)と若年成人49人(18-24歳、うち女性23人)を対象に実施しました。作業記憶能力の評価のため、参加者はパソコンで言語性および空間性Nバック課題※4を行いました。これらの課題は作業記憶の負荷がない低難度の0バック条件、負荷の低い1バック条件、負荷が高い高難度の2バック条件に分かれていました。課題成績として、反応時間と正解率を評価しました。課題中は、近赤外光脳機能イメージング装置で前頭前野の酸素化ヘモグロビンおよび脱酸素化ヘモグロビン濃度の変化を測定し、脳活動を評価しました。また高齢参加者の有酸素能力評価のため、自転車エルゴメーターによる運動負荷試験によって換気性作業閾値※5を測定しました。
画像2: https://www.atpress.ne.jp/releases/395894/LL_img_395894_2.jpg
Nバック課題の一例
画像3: https://www.atpress.ne.jp/releases/395894/LL_img_395894_3.jpg
実験の様子
【結果】
高齢者と若年成人で言語性および空間性Nバック課題の成績や課題中の脳活動を比較した結果、高齢者は若年成人よりも成績が低く(反応時間が長く、正解率が低い)、さらに高難度の課題中、高齢者では若年成人よりも前頭前野の多くの部位が活動していることがわかりました。この結果から、若年成人に比べて高齢者で作業記憶能力が低下していることと、高難度の課題を遂行するために前頭前野の広い範囲を動員していることを確認しました。次に、高齢者において有酸素能力と課題成績、脳活動の関係性を見ると、有酸素能力が高い高齢者ほど、高齢者特有の脳活動(若年成人では課題中に活動が見られなかった脳領域の活動)が活発で、それが課題成績の高さ(高難度条件の反応時間)と関連している可能性が示されました。
画像4: https://www.atpress.ne.jp/releases/395894/LL_img_395894_4.jpg
言語性Nバック課題(2バック条件)中の脳活動
【まとめ】
本研究で、高齢者は若年成人に比べて、前頭前野の広範囲を代償的に動員して高難度の課題を遂行しており、有酸素能力の高い高齢者では、より前頭前野の代償的な活性度が高く、これにより、有酸素能力の低い高齢者より優れた作業記憶能力を発揮している可能性を確認しました。本研究の成果は、なぜ有酸素能力の高い高齢者の作業記憶能力が高いのか、という疑問にこたえる脳機能メカニズムの解明に寄与する可能性があります。今後、運動トレーニングによる有酸素能力、作業記憶能力、脳活動の変化の関係性を見ることで、これらの因果関係が解明されることが期待されます。
【発表論文】
掲載誌 : Imaging Neuroscience
タイトル: Neural mechanisms of the relationship between aerobic
fitness and working memory in older adults: an fNIRS study
著者 : Kazuki Hyodo, Ippeita Dan, Takashi Jindo,
Kiyomitsu Niioka, Sho Naganawa, Ayako Mukoyama,
Hideaki Soya, Takashi Arao
DOI番号 : https://doi.org/10.1162/imag_a_00167
【用語解説】
※1. 有酸素能力:全身持久力とも呼ばれ、長時間にわたり一定の強度の運動を続けることができる能力。
※2. 作業記憶能力:頭の中に情報を一時的に保存しながら情報を処理する能力で、会話や暗算などに必要。
※3. 近赤外光脳機能イメージング装置:近赤外光により血中の酸素化ヘモグロビンと脱酸素化ヘモグロビンの濃度変化をモニターし、脳神経活動によって引き起こされる局所的な脳血流の変化を計測する機器。
※4. Nバック課題:作業記憶能力を測定するために広く使用される認知心理学のテスト。当研究で用いた言語性2バック課題ではパソコン画面にランダムにひらがなを表示し、2つ前に表示された文字と同じかどうか回答するよう求めた。
※5. 換気性作業閾値:運動中に徐々に負荷を上げていく際、体に取り込まれる酸素と出ていく二酸化炭素の量は、負荷の増加に伴って直線的な関係で増加していく。しかし、ある強度から酸素摂取量に比べて二酸化炭素排出量が急増する点がある。この点が換気性作業閾値であり、有酸素能力を表す指標として利用できる。
【財源情報】
本研究はJSPS科研費(16H07483、17H06065、19K20138、22H00681、18H04081、21H04858)および健康・体力づくり事業財団の助成を受けて行われました。記して深謝します。
【利益相反】
著者には開示すべき利益相反はありません。
プレスリリース提供元:@Press